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□吐く息は白い
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12月に入り、本格的に寒くなってきた。七草 宏樹(ナナクサ ヒロキ)は上着のポケットに手を突っ込んで、フゥと息を吐く。白い息が風に流れていくのを眺めながら宏樹はマフラーに顔を埋めた。
「───ヒロッ!」
かれこれ十数分が経ち、そろそろ手が痺れてきたなと感じ始めた頃、待ち人─江花 瞬(エバナ シュン)はやって来た。
「ごめんねッ…寒かったよねッ」
必死に走って来たんだろう。息は絶え絶え。鼻は真っ赤。赤と黒のチェックのマフラーからは白い息が見え隠れしている。
「大丈夫だよ」
下がった眉と真っ赤な鼻、潤んだ瞳が可愛くてフワリと笑えば、瞬は嬉しそうに宏樹に飛び付いて自分より一回り程小さい体をギュッと抱き締めた。
─宏樹と瞬は付き合っている。周りには秘密にしているが、宏樹に毎日のようにラブコールをしたり隣を確保したりと必死だった瞬によりバレバレ。そんな瞬とマイペースな宏樹が一緒にいる様子を周りは暖かい目で見ていた。
「ヒロが可愛すぎるよぉ」
「いつも思うけど、シュンは目がおかしいよね」
「正常だよッお願いだから自覚してッ変な虫が寄ってくるからッ」
「必死すぎ、というか駅前だっためっちゃ見られてる」
抱き締める力が段々と強くなる瞬の肩を押して少し距離を取る。チラチラとこちらを見てくるサラリーマンや女子高生にフワリと笑って、悲しそうに眉を垂らす瞬の手を引く。
「…ヒロ?」
「駅前じゃイチャイチャ出来ないから」
「!」
そう言えば、またガバッと抱き付いてくる勢いで花を飛ばしてきたので瞬の顔に手をかざす。
「ダメだって」
「……うん…」
「────…ッ」
うん、なんて小さいけれど確かに頷いた瞬に気を抜いた宏樹。その一瞬を突いて、目の前にあった宏樹の手のひらを瞬は一舐めした。
「…何やってんの」
「ヒロが好きすぎてついッ!ごめんッ!」
「いや…別に謝らなくてもいいけどさ…」
いきなりはやめてよと笑えば、また花を飛ばしてくる瞬にこれはキリがないなと、早く瞬の家に行こうと、逃げるように走り出す。
それを必死になって追いかける瞬の吐く息は白い。
「ちょっ、ヒロ、早いッ」
「シュンの家まで競争ね、シュンが勝ったら俺を好きにしていいよ!」
「───!、セコイッッ!!!」
周りから見れば、叫びながら追いかけっこをする男二人と、変な光景かもしれない。それでも楽しいからいいか、と宏樹は自分の言った一言に悶えている瞬を笑って見ていた。
ちなみに宏樹は陸上部に所属していて、瞬は運動神経はいいが、やっぱり現役に勝てるはずもなく、瞬の家に着いた時、ハァハァと肩で息をする瞬は余裕の笑みを浮かべる宏樹に最初から負けるわけないってわかってたクセにと悪態をつき、キスしてやった。
終.