Long 「バッドヒーロー」

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夢を見た。


薄暗い部屋の中ではっとして目を覚ませば、
瞳に映ったのは、やはり見慣れた殺風景な天井だった。


得体の知れない何かによって意識を戻したはずなのに、
もうすでにその夢の内容は思い出せなかった。


ここのところ、同じようなことが割りと頻繁に起こる。


疲れなのか何なのか、今更原因なんて知ろうとも思わなかった。


邪魔な前髪をくしゃりとかき上げれば、それとほぼ同時に、
コンコンという乾いたノックの音が響いた。


――ああ、また。 あの時間がはじまる。











ウォール・シーナ内地。


3つの壁の中心、高い標高にそびえる人類の最高領域。


ここに住むものは皆身分が高く、富裕層の集まりが壁外の恐怖も知らずぬくぬくと暮らしている。


王の膝元であるこの壁の内に、多くの人間は憧れる。


マリアやローゼの民、突出地区に身を置く者ほど、それは高まる一方だった。


しかし実際、そんな王都も名ばかりで、表向きに過ぎないのだと私は知っている。


都の地下街には、平和ボケしくさった人間たちが蠢いて、
日々自分の欲を満たすために、好き勝手やりたい放題野放しで。


いかがわしい店がいくつも立ち並び、浮浪者は道端にうずくまり、
感情のままに人を傷つけ罵って、汚い金ばかりが行き来する。


「………腐ってる」


窓の外に広がる景色を眺めて、ぽつりと呟いた。


腐ってる。この街は。地下ゆえ空も拝めない、こんな欲望の塊の街。


背を向けたベッドのシーツは乱れ、汚れていた。


肌に残る唾液の匂いに、思わず自分の肩を抱いた。


けれどそこには震えもなく、窓硝子に映る表情も、
怯えているわけでも、悲しげなわけでもなく。


かげった瞳があるだけだった。


ただ、淡白にも思う。


自分も、この腐敗した街の人間なのだ、と。


つくづく馬鹿らしい。こうしてどんなにこの街を憎もうと、
結局自分はここでしか生きていけない類の人間なのに。


小さな窓から、下に敷かれた通りと、流れ行く人の波をただ見つめていた。


自分の生きるひどく狭い世界を、ただただ、淡々と。



「ロイス」



ふと、部屋の外から自分の名を呼ぶ声がした。


振り返れば既にドアは開かれていて、店の従業員と掃除婦がそこに立っていた。



「早く片付けるよ。あんたも着替えなさい。客を待たせるわけにはいかないだろ」

「…もう、そんな時間?」

「ああ、もうすぐ夜だ。今日も忙しくなる」



汚れたシーツを慣れた手つきで剥ぎ取りつつ、彼女は急かすように私の背中を押した。



「一番客はそろそろおいでになるよ。急ぎな」

「うへぇ…早い…」

「あんたがいつまでものろのろしてるからだろ!」



そんな一喝を受け、もう一度嫌そうな顔を向けたあと、きびすを返して部屋を出た。


なるほど本当に、すでに廊下は騒がしく、開店前の清掃、準備に追われていた。


そんな中で自室へと戻る階段を上り、今日これからのことを考える。


一番客は誰だろうか。

今日は何人相手にするんだろうか。


するとそのうち、ふっと笑いがこみ上げてきた。


毎日同じことを考えているのに、どうして飽きないんだろう。


そして毎日、たどり着く答えも一緒なのに。


――…誰でも、何人だっていいや。



部屋の化粧台のランプを灯す。

鏡に浮かび上がる自分の顔に、小さな笑みを作った。



私の、1日がはじまる。
 
   
   
   

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