WRONG SIDE GAME

□噛み砕いたビターの味
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「―――…っ、はぁ」



ずっと奥歯を噛み締めて耐えていた声が、吐息とともにわずかに零れた。


真昼にカーテンをしめきった、暗い部屋。


乱れたベットシーツが、スタンドライトの灯りに照らし出される。


それはすでに本来の役目など果たせそうにないほどに崩れ、汚れていた。



「…華弥」



そんな光景に目を細め、オレの下に組み敷かれている彼女の名を呼ぶ。



「―…なに」

「ふはっ、やらしいな」

「なにがよ」

「お前が」



華弥のその妖艶な瞳がオレをとらえる。


2人ともお互いの唾液やら体液やらでぐちゃぐちゃになって、
オレのがずっぽり挿入されているこのときでさえも、その見透かすような瞳は変わらなかった。



「真昼間に何してんだろうなぁ、オレら」

「夜に会ったことなんてあったっけ」

「ねぇけど」



体勢を立て直しつつ、素っ気なくそう答える。


幾度となく重ねたこの時間。


許されざる真昼の逢瀬。



「夜なんて、さすがに翔一に怪しまれちゃう」

「……今吉か」



その唇からこぼれた名を聞いて、無意識に一瞬動きを止める。


聞きなれた近しい男の名だった。


そして同時に、オレたち2人が、長い間秘密をつくってきた男の名でもある。



「つか、何年もこんなことやっててよくバレねぇな。あいつもしかして こういうの鈍いの?」

「さぁ。でも花宮と会ってるなんて思ってないよ、たぶん」

「…へぇ」

「だって中学の後輩がセフレとかね」



えへへ と笑いながら、汗ではりついた前髪をぬぐいつつ 華弥はオレの背中に手をまわす。


細い指が直接肌に触れた。


お互い一糸纏わぬ姿ゆえ、彼女の存在をより近くに感じる。



「なに笑ってんだ。相変わらず向こうとも仲良くやってんだろ」

「花宮にはお見通し?」

「バァカ。身体見りゃ分かる」

「えっち」



そんなからかうような小さな罵倒に応えるように、首筋に舌を這わせる。


学生時代から、いつ見たってお前は今吉と一緒だった。


周囲公認の、相思相愛な恋人同士。



「オレじゃなくても、お前ら2人見てたら誰でも分かるっつーの」



ゆっくりと腰を動かしながら言えば、華弥は身をよじらせて答える。



「私は、こんなにふしだらなのにね」と。



体勢からして、少し見上げるように彼女を見る。


オレをまっすぐにとらえたその瞳は相変わらず色っぽくて、そしてどこか寂しげだった。


オレと華弥の関係なんて、見ての通りこういうことで。


お互い興味本位で近づいてやめられなくなっただけ。


2人で会えば抱き合って求め合う、それだけの単純な関係。



「否定はしねぇよ」

「されるつもりもないよ。事実だし」

「わかってんなら、ちょっとは控えようとか思わねぇの?」

「花宮いないとなんか落ちつかないんだもん」

「――…ふはっ」



この、尻軽。


罵るように小さく呟いて、そのまま顔を近づけた。


触れなれた唇の感覚。


関係上、こんなこと言うのもどうかと思うが、こいつとのキスは好きだった。


たぶん、今まで会ってきた女の中で、一番。






事を再開する。


高ぶる感情のまま、体勢を立て直して腰を動かす。



「―っ、ああ、はぁ、んっ…」



よく知る華弥の中を、オレ自身がかき乱していく。


側面に擦り付けるように抜き差しを繰り返せば、簡単に愛液が溢れてくる。


胸のふくらみを嘗め回し、突起を舌でいじり倒し、片手でクリトリスを弄ぶ。



「や、あっ、花宮、そこ、やっ、あっ…!」

「…っ、なにが嫌なんだよ、欲しいくせに…」

「くりっ…同時は、や、だぁっ…」

「カワイイ声出してんじゃねーっつ、の…!」



肌の触れ合う音と、擦れるシーツの音。


そして、ぐぷぐぷと溢れるお互いの愛液が泡立つ、卑猥極まりない水音。


だんだん早くなる律動に合わせて、華弥の声も高く、小刻みな喘ぎに変わっていく。



「ふっ、あっ、あっ、はなみやぁ、あっ、ああ…!」

「―――華弥っ…!!」



不純。


一言で表すのなら、オレたちはその2文字に収まるのだろう。


お互いわかっている。わかっていて、続けている。


この、不健全なつながりを。


オレのところに熱を求めにくるような淫らな女ではあるが、
やはりなんだかんだ言ってもあいつのことが好きなんだ。


それは、この交わりの最中でもよくわかる。


彼女の帰る場所は、いつもオレのところではない。


それは、はじめて会ったときからの決まりごとだった。


それでも、今だけは。


オレではない男のもとに帰るこの女に、少しでも自分の感覚を残すように。


ほんの少しだけでいいから、今だけはオレのことだけ見てほしかった。


そのあとはもう、何も望まねぇから。



そして。




「――――、――――」




彼女は告げた。











「…ん」



全身にだるさを覚えて目を覚ませば、身支度を整えた華弥がベッドの淵に座っていた。


時計をみれば、いつの間にか時間は夕刻を過ぎようとしている。



「…華弥」



裸のまま身体を起こして、彼女の名を呼んだ。



「なぁに」



少し子供っぽい、やわらかい笑顔がオレを見た。


これがさっきまで乱れ喘いでたふしだら女だとは想像もつかない。



「…おまえ、さっきのなんだよ」

「さっきの?」

「言ったろ。さっき、イく前に」



身体に残るわずかな熱に火照らされながら、思い出す。


絶頂の手前。


馬鹿みたいにエロイ喘ぎ声に紛れた、その言葉。




「…結婚、すんのかよ」




そう聞いた声が、自分でも驚くほどに頼りなく掠れていた。


彼女は、答えなかった。


けれど、薄暗い部屋でその顔に浮かんだ、妖艶で ほんの少し幼い笑みが、すなわち答えだった。



「あそこで言うかよ普通…」



呟くようなオレの声にも、反応は同じだった。


「びっくりしたでしょ」なんて、いたずらっぽく笑って。


相手は誰かなんてわかりきっている。


いつかこの日が来ることも、なんとなくわかっていた。


…そりゃ、そうだよな。



「やりやがるな、あの野郎も」

「あは、そうかも」

「今度からお前も人妻か」

「悪くないでしょ、そういうのも」

「さぁ、どうだかな」



ギシ、とベッドを軋ませて、淵に座る彼女に近づいた。


前髪をはらってさらしたまぶたにキスを落とした。



「何はともあれ、おめでとう」



そう、大人らしく象った言葉とともに。



「…うん」



華弥は嬉しそうに頷いた。


その肩に手をまわせば、ふわりと身体を傾けてくる。


オレの背中にまわされる、細い腕。


その熱を確かめるように、オレは華弥をきつく抱きしめた。









「…じゃあ」



すっかり暗くなった室内で、鞄を持って、華弥が立ち上がる。


リビングから玄関先までのわずかな距離を見送る。


細い肩、細い腰。肌は色が白いけれど、うっすらと女らしい筋肉をまとっている。


しなやかな、その身体。


オレがもう何年も、人目に隠れて抱いてきた身体。



「華弥」



ドアノブに手をかけようとしていた彼女に、声をかけた。



「もう、来ねぇんだろ」

「………」



耳に届く反応はなかった。


ただ、すっと振り返ったその瞳が、すべてを物語っていたような気がした。



「…ねぇ、花宮」

「なんだよ」

「…………いや、なんでもないや」



くすりと笑った華弥が、あまりにも自然な動きで背伸びをする。



そして、



「―――…っ…」



オレに、そっとキスをした。



やさしく触れる、甘いキスを。



それは、この不毛な関係へのピリオド。




「―――――――――――ありがとね」




顔を離した華弥は、最後にそう言って笑った。





「…惚れさせんなよ、バァカ…」




彼女の去った部屋。



温かみが半分になったその部屋に、そんなオレの自嘲的な呟きが、静かに響いて消えていった。
  
  
  
  
  

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