Nobel

□手を伸ばすことさえ、君は許さない
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…それまでは、他の兄達と同じくくりだった。
俺への嫌がらせが趣味の、最悪でうざったい腐れ兄弟。
今思えば、誰にでも優しいあいつにとって、それは親切のうちにも入らなかったのかもしれない。
それでも、バックに光を浴びて、

―…アーサーはひとりじゃないからね?俺がいるよ。約束する。

そう言ったあいつの姿は、俺にはまるで天使のように見えた…。



霧雨が目の前に白くもやをかける。
「俺の勝ちだね。んなだっせえかっこしてるから勝利の女神様に見放されるんだよ。」
相変わらず、無駄な所で嫌味を言ってくるのは今も昔も変わっていない。
ひとつだけ違うのは、優しい微笑みも、親しみやすい笑顔も、むかつくにやにや笑いも、そのいずれもあいつの顔に浮かんでいないことだ。
「…ごめんね、アーサー?」
国内の様々な騒動でボロボロになった俺の体に、銃口が突き付けられる。
銃を持つあいつの体も、俺がつけた傷でボロボロだった。
「…はっ、運が悪かったが、負けか…。とっとと撃てよ。じゃねえとその髭引っこ抜くぞ。」
あいつは何かを言おうとして、しかし口を閉じ、銃を強く握り直す。
響く銃声と、頭蓋骨を揺さぶるような強い衝撃。
赤くチカチカする視界に最後に捉えたのは、ふわりと翻る青紫色。
あいつの後ろ姿は、俺を拒絶しているかのようだった。



寂しい。見捨てるな。約束はどうした。
言いたいことは幾らでも浮かんできたが、口が開かない。
白いもやの向こうの背中に手を伸ばすことも出来ない。
きっと、あいつの名前を呼んだなら、あいつは困ったように笑って言うのだろう。

―…ごめんね?

だから、俺はあいつを呼び止めない。








霧雨が、体にこびりついた鉄の匂いを流し去るでもなく、しっとりと髪を、顔を、服を濡らす。

指先は冷えきって、とうに赤みさえも失っていた。

………ああ、寒い。

劇場の幕が降りるみたいに、真っ赤な視界が黒に閉ざされていった。
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