Short-novel

□夕日坂
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部活帰りの帰り道。
彼氏である若と、夕日を背にこの道を歩いた。
テニス部レギュラー陣2年の中で1番背が低い若だけど、私より背は高かった。
歩くのが早いから、いつも歩幅が大きくなる。

目の前に見える坂。
この坂を登りきったら、分かれ道がすぐそこにある。
そしたら、若が

「あと少しだから。」

そう言って、顔も見ず私に手を差し出した。


今思えば私は、ありふれてたあの幸せに恋していたのかもしれない。
振り返ればその手がすぐそこに、あるような気が今もしている。
最初は曖昧な思いで付き合ってたけど、いつの間にか若だけを見ていた。
若がいれば、いつだって笑っていられた。
触れたあの指に伝う鼓動さえも、愛しかった。




坂を登りきった。
分かれ道で指を離し、背を向けて互いに歩き出した。
でもまだ気になって、ふと振り返った。
でもそこに若の姿はなかった。

若の話すこと。
若の描くもの。
あの時、若と見た景色は今でも忘れない。
けど、若を思う度に、何故だか怖くなった。
夕日に照らされた長い私の影は、静かに揺らいだ。



たくさんのあの幸せに恋をしていた。
そんなときが永遠に続く気がしていた。
初彼だったから、全てが初めての思い出だった。
今、この瞬間を大事にしていたからこそ、明日のことなんて知らなかった。
どんなときだって、若だけを見ていた。
無愛想な若のために笑うはずだった。
だけど、私ははぐれていって、若の手が離れていった。



「今までありがとう。
本当に楽しかった。」

『こちらこそ。』

「じゃあ…。」



また明日、いつもの場所で。
普段聞き慣れたこの言葉は、二度と聞くことのない言葉。


ありふれてたあの幸せを愛しすぎていたのかもしれない。
それでもその記憶は、時が経った今でも優しいもの。
振り返ればあの愛しい彼の手が今でもある気がする。

夕日を背に長い影を連れ、今一人でこの坂を登る。
前は、二人で登ったこの坂を。 目を閉じれば、誰かを探している幼い中2の私に出会える。



そう、若を探す私に。




→あとがき
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