暁のヨナ

□▼共に
3ページ/4ページ

日も傾き、寝泊まりする場所を決め火を囲み、ユンが作った夕食を食べているときだった。


ぼんやりと意識を取り戻してきたヨルズは木に体を預けてヨナの外套を掛けられていた。



「こ、これはまさかのさっき山道に生えていた雑草じゃないか!?」


「ちゃんと食べられる山菜だから。虫だって栄養あるの、文句あるなら食べないでくれる?」


「虫も食すのか!?姫様は平気なのですか、このような食事!」


「虫はまだ食べられないけどだいぶ慣れたわ。だって私、…嫌がってる暇なんてなかったし。でもユンが来てからかなり食事がおいしくなったんだから」


「なんだか含みがある言い方ですね。俺の飯がまずいとでも言いたいんですか」


「ヨルズは?料理できるでしょ?」


「手から血が滲んじゃって、料理できなかったのよ」


「そりゃあ、焼くしかハク様調理法ないようですし。不自由おかけしまして申し訳ありません」


「ヨルズ!!気が付いたの!?」


「お陰様で、貧血は免れました」



ありがとうございます、と自分の失態をも自覚しているようで困ったようにそう言った。


きっと自分を運んだのはハクだろうとむず痒さを感じながらも礼を伝えるために立つ。


ところが向かいから歩いてきたハクに肩をドン、と押され予想外の動きに勿論尻餅をついた。



「…あのですね」


「まだ休んでろって。フラフラじゃねえか」


「人為的な力が働きましたから」



このからかってやろうという意思が前面に出された表情を見て、やめた。


ハクの手が額にあてられ熱を測り取られる。



「…素直に礼でも言おうというとこを…」


「…下がったな。まあ慣れない生活でお前も休めてねえしな。ああ、でもそれ以上痩せられたら困る、ほら飯だ」


「…………」



見てないようで、見ている彼、里でも面倒見がよく愛されていたわけだ。


匙を差し出されるがこれは、つまりそういうことだろうか。



「……自分で食べられます」


「なんだ、俺の手からは食べられねえってか?ああ、もしかして恥ずかしいのか?」


「………誰が」



正直、誰かに食べさせてもらうなど子供のようでどこかこそばゆい。


むっという表情でそれを悟られないように強気に差し出された匙を口に含むが、同時に嬉しくもあった。



「嬉しそうだな、ヨルズは」


「なるほど、ヨルズのクーデレに雷獣はやられたんだね」


「ヨルズとハクはなんだかんだいって仲いいのよ」



しかし、照れ隠しだというのは隠し通せなかったヨルズだった。



「さて、食べ終わったら青龍の居場所なんだけど。キジャ、青龍の気配は?」


「向こうが何かもやっと」


「はーい、お手数おかけしましたー」



地図を広げ火を近づけてうーんと考え込むユン。


一緒に場所を考えたいのだが監視の目(ハク)にきっとまた戻されるのでぐっと耐える。



「青龍って白龍と同じく里があるの?それとも一人?」


「それがよく分からぬのだ。各地にいる同胞からの情報だと青龍は昔、地の部族の土地に隠れ住んでいたらしい。だがある時を境に忽然と消え、青龍も一族も行方不明になってしまったと」


「消えた…?」


「でも滅びてはいないんでしょ?」


「うむ。目を閉じれば確かに青龍の鼓動を感じる」


「イクスが白龍以外は移動してるって言ってた。多分青龍一族は里ごとどこかに引っ越したんだ。キジャの指す方向は東北東、火の部族の土地。なら六カ所に絞られる」


「すごい!ユンは本当に何でも知ってるのね!」


「坊や扱いしないでくれる?一つしか違わないのに」



ヨナに頭をなでられユンは複雑な顔をして赤くなる。


近くで聞いていたヨルズも感心してユンの推理を聞いていた。



「よし、野郎ども!明日から本格的に青龍探しだ。つーわけでおやすみなさい」


「おやすみって、え、ここで!?」


「おやすみぃ…」


「え、えっ!?」


「うっせえ白蛇」


「観念して休んだ方がいいですよ。というか逃げられませんし」


「そ、そなたも虫がー」


「じゃあ私も寝ます」


「なっ!?」



虫が苦手なもの同士手を取り眠りにつこうとしたが本来は隠したいもの。


口にしようとしたのを遮り態度で言うな、と示す。


しぶしぶといった様子でキジャも並んで横になるが、おそらく今日は一睡もできないだろう。


野宿生活を始めた頃の自分にそっくりだ。


フッと笑って毛布にくるまりヨナの方を向いて目を閉じる。



「…………」



駄目だ、気になる。



「…頼むから寝てくださいよハク様。貴方だけでも万全でいれば旅は滞りなく進むんですよ」


「なんのことだか。寝つきが悪くて当然だ、こんなとこで寝てるんだから」



ハクは…ヨルズが寝るまで寝ない。


今までだってずっとそうだ、虫に怯えて眠るどころでないヨルズを心配しているのだろう。


聞こうとしないハクをどうすれば自分に構わず休んでもらえるか。


手を後ろに回しハクの手を探りあて、ヨルズの小指とハクの小指を絡ませる。



「…我々はヨナ姫を守るのが仕事なんですよ、貴方は私の従者じゃない」



目の前で寝息をたてて眠る主を見つめながら本音を打ち明ける。


返事を待っていると後ろから大きなため息が聞こえた。



「…次倒れたら、承知しねえからな」



小指の力がぐっと入ったところで互いに離す。


すぐにハクの寝息が聞こえてきて、ああ、よかったと胸をなでおろす。



「キジャ様も、頑張って寝てください」


「このようなところで……寝られるわけ」


「ぐう」


「はやっ!?」



ヨルズも眠りにつくとヨナの腕を抱え込んでくっついた。


ヨルズがヨナとハクに挟まれて眠るのもこれが原因だった。



「…ヨルズってホント何かにくっつかないといけないんだね」


「だだっ広い部屋でも寝るときも壁際だったしな。どっちも寝起き悪いし」


「双子ってここまで似るんだね」



お互いに向かい合いどこか肌に触れ合いながら眠る双子を、朝の太陽を背景に見下ろすハクとユンだった。


ゆっくりと目を開けたヨルズはむくりと起き上がり時折首をかくりと落とす。



「………顔洗ってきます」


「ヨナも起こさなきゃね」



なんとか意識を保っている様子のヨルズは足を引きずるように川へ向かった。


冷たい川の水の中に手を入れただけでびくりと肩が揺れる。


すくって顔を埋めるとようやくぼんやりした意識がはっきりしてきた。


朝の澄んだ空気が体をだんだん目覚めさせていた。


顔を洗った後は化粧道具へと手を伸ばす。



「ああヨルズね、おはよう」



同じく目が明いていないヨナが後ろからのそのそとやってきた。


ドク、と化粧をしていない素顔のヨルズは心臓が早まるもしばらくして落ち着きを取り戻した。



「うう、冷たいわね。…あ」


「おはようございます、ヨナ姫」



なんともないという風に化粧道具を広げ普段の化粧を施していく。


内心少々手が震えるが不思議と怖くはなかった。


隣からヨナの視線を感じるも作業を続けていく。



「…おんなじ顔なのね」


「驚くほどに、ね。…嫌ですか?」



がばっと肩を掴まれ真正面で顔を突き合わせたヨナはヨルズの顔を覗き込む。



「まさか。ふふ。嬉しい。妹ができるなんて夢みたい」



ふわりと微笑むヨナにやられたとヨルズは反対方向を向く。


と同時に、ああ、そうか、とヨルズはその意図を察する。


嫌われていたイル陛下の娘は仕事でないと相手をしない、ヨナはいつも一人だった。


ハクやスウォンがいないときは、一人でいたんだ。



「綺麗な目ね」



可笑しい、と笑おうとするがヨナがそう言いながら触れたのは右目、……の、傷。


瞼に痛々しく縦に残る傷をなぞりヨナは唇をぎゅっと噛む。


その心中がなんとなく察せられて、ヨルズは傷をなでるその手を取った。



「そんな顔しないでくださいよ」


「うん…。痛かっただろうなあって」


「さあ、これを受けたのは私じゃないですし」



そう、これを受けたのはヨルズの前身……サナ。


忘却丸を飲み新しい人格に生まれ変わる前の人間、スウォンの義理の妹だった、サナ姫。


サナであった頃の記憶などほとんど忘却丸のせいで忘れ去っている。



「覚えてないですが、これだけは言えます。サナは貴方たちといて楽しかった。それだけで十分です」


「…そっか。……なら、よかった」


「ああもう、泣かないでくださいよ」



サナ、貴方も私も、こんなに幸せ者ですね。


泣き出しそうなヨナをなだめながらヨルズはその思いをかみしめた。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ