短編集

□記憶と追憶
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忘れられない、人がいる。



かつて、僕は世界を憎み、人間を嫌う異能者と旅をした。
それまでは光のない、冷たい研究室に「存在」していた僕は、外の世界を、景色を知らなかった。
はじめて太陽の光を浴びた時、風に吹かれた時。
薬品の香りのしない空気を吸い込んだ時。
その時はじめて、僕は僕になれた気がした。
共に旅をした異能者は、いつも戦地ばかりをおとずれて、人々が争い死に逝く姿をとてもつまらなそうに眺めていた。
時に、自らの「異能」を使い、戦争をする奴等はすべて悪だと呟いて人間の命を絶ってみせた。
彼は多分、知らなかっただろう。
濃いサングラス越しにでも解るくらい、自分がとても哀しい目をしていることを。
どんなに人間は醜いとさけずんでも、彼は確かに静かな泣きそうな目をしていた。


世界を憎み、人間を嫌う異能者が「同志」と呼ぶ者達がいた。
彼等は、とても強い目をして覚悟を胸に秘めていた。
どんな時でも、彼等は静かに互いを認め合っていた。言葉に出さずとも、解るほどに。
僕は、そんな彼らを尊敬していた。憧れていた。


けれどある時、世界を憎み、人間を嫌う異能者は「力」を失い、姿も変わってしまった。
彼は星を眺め、真理というものを探していた。
雪の様に、雲の様に白い彼は、ひとりの少年を愛していた。
彼が愛した少年は、粗い縫い目が残る左腕を持ち、すべてを憎むような瞳をしていた。
意味も無く人を殺める人間を、少年は白い彼と同じような静かに泣きそうな瞳で眺めていた。
僕は段々と、少年が彼に似ていくような気がした。


ある時、世界を憎み、人間を嫌う異能者が「同志」と呼ぶ者がひとり姿を消した。
美しい艶髪を持つその人は、白い彼と同じ雪が舞う夜に彼等の前からいなくなった。
その人は、裏切ったのではない。
白い彼に託されたのだ。
「零を護ってやってくれ」と。彼は彼女に自分の思いを託した。
自分では護ることのできない、たったひとり愛する少年を、お前が護ってくれと。
艶髪を揺らし、涕を堪えて去っていく彼女の姿をやはり、哀しそうに白い彼は見送っていた。


その夜、世界を憎み、人間を嫌う異能者と旅をした僕は、白い彼と「同志」達と決別した。
「さよならだよ、私たちは遠くに行く。お前とはもう、いられないんだ」
はらはらと舞い踊る粉雪を目で追いながら、白い彼は僕にそう、呟いた。
この世界を教えてくれた彼と決別したくないと、僕は泣いた。
あなたが大事だから、この場所が好きだから別れたくない。お願い、サヨナラなんて言わないで。
その日、僕が彼と出会い、外の世界を知ってから、ちょうど8年が過ぎていた。
縋りつく僕を見て、彼は言った。
「このまま、私達の存在を覚えているのは辛いだろう。私がお前の記憶を消そう」
僕はこくりと頷いた。


世界を憎み、人を嫌う異能者が「同志」と呼ぶ男に、僕はいつしか恋をした。
その男は、雪の様に不確かで、けれど確かに存在していた。
彼はいつも淡々と、無関心に空ばかりを眺めていた。
氷のように冷たい肌をした彼は、静かに熱を秘めていた。
僕は、そんな彼に「愛しています。」と囁かれた。
ずっとあんただけを、俺は愛している、と。
僕はすべての記憶を封じても、彼の言葉だけは覚えていられるような気がした。
降り積もる雪の中、最後にみたのは白い彼の柔らかい、贖罪の様な笑顔と涙だった。









そして、2年後の、今・・・―――


「久しぶり、逢いたかった」


僕は記憶を失ったまま、再び彼らとあいまみえたのでした。

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