ナマモノ小説
□ビロードの闇
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「ごめん、ごめ〜ん。それ、俺の犬やねん」
リーダーそっくりの男はペコペコ頭を下げながら、剛の腕の中の犬に触れようとして、俺と同じようにカプッとやられた。
…咬まれてるやん…。ほんまに飼い主なんか?
「いった〜っ!!こらっ…おまえナニすんねんっ!!」
咬まれた腕をさすりながら、男は困った顔をした。
「参ったわ〜っ。ちっとも馴れてくれへんばかりか、人間に懐いてまうなんか…」
言いながら剛をじっと見た。
「なぁ、きみ…暫くの間この犬の面倒みてくれへんか?ちょっと乱暴な犬やけど、まだちっちゃいから、咬まれても毒まわれへんから…」
「毒ぅ〜っ!?」
俺は慌てて咬まれた腕を見た。
「なんや、きみも咬まれたんかいな。どうやら気にいられてんのはコッチの人だけみたいやな」
カチンときた俺は、リーダーそっくりな男を睨んだ。
なんやねん…喋り方から仕草から…まんまリーダーやないかっ。
怒りたくても怒られへん…。
「毒ってどういうこと?」
俺は口を尖らせて聞いてみた。
「この犬は地獄の番犬ケルベロスの赤ちゃんケルペロスいうねん。ケルベロスはサーベラスともいうねんけど聞いたことないか?名の由来は「底無し穴の霊」を意味してんねん。なんで地獄の番犬かっちゅうと、死者の魂が冥界にやってくる時には友好的やねんけど、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食うっちゅうこっちゃ…。この獣の唾液からは猛毒が発生してんねん。危険やろ?」
「危険やろ?って…アンタ何者!?なんなん、地獄や冥界やって…」
パニクる俺に男は笑って答えた。
「俺、地獄で受付やってる悪魔ですねん。ケルペロスの世話役頼まれててんけど、なんやコイツ、ちーっとも俺に懐かへんねん。お彼岸時期は受付も忙しいから、世話すんのもなかなかで…ついついおざなりになってたら逃げ出してもうて…。まさか人間界に逃げるやなんか、驚き桃の木山椒の木〜ブリキにタヌキに洗濯機〜」
こら参ったわ〜と、古いギャグを言って自分でケラケラ笑う、男の脳天気さに頭が痛くなった。
コイツ…ほんまに悪魔なんか!?
「…剛に預けてどうすんの!?」
「あ、剛言うねんな?可愛い名前やな〜」
にっこり微笑まれた剛は、顔を赤らめてありがと…と小さな声で言った。
「暫くの間でええねん。ケルペロスは甘いもんが好きやから♪蜂蜜と小麦の粉を練って焼いた菓子を与えればそれでOKやで?な?頼むわ、ちょっとの間ダケでええから…頼まれてくれへん?」
縋るような男に、気の優しい剛は「俺で良かったら…」と頷いた。
アホかおまえっ!!
こんな得体のしれん変な犬…。
俺の心の叫びが聞こえたのか、ケルペロスが俺に向かって吠えた。
なに吠えてんねん!!
俺はケルペロスをキツく睨みつけてやった。
そして…
俺とケルペロスの剛争奪戦が始まるのだった。