企画

□平助君がつぶれてる
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『平助君がつぶれてる!』


 


これだけの人数の社員が一堂に会する機会は、そうそうない。

まるで合コンのようなノリのお方も、中にはいそうな気配…(永倉さんとか永倉さんとか永倉さんとか。おっと失礼!)



そんな中、私の目はある人物を絶えず追っている。

幼なじみの平助君。


誰にでも優しく、快活な彼は、はっきり言って昔からモテる。

本人は、“みんな友達”(というか今は同僚?)だという位置付けで接してるらしいけれど…


こういうチャンスに少しでも憧れの人の近くに、と思うのは誰でも同じらしく、各部署の女の子たちが、互いを牽制しつつ平助君の所にお酌しに行く。

けれど、原田さんと永倉さんが、頑として平助君の隣を譲らないため、皆さん早々に諦めて退散しているようだ。


私もそこに突入して、平助君の隣の席を勝ち取りたいのはやまやまなのだが…

伊東さんと、市内の美味しいケーキ屋さん談義に花を咲かせているため、それを放り出すわけにはいかない。



それでも、やはり気になって、ハラハラしながら、時折平助君の様子をチラッと眺める。



あ、飲みすぎたのかな?テーブルに突っ伏してる。

うわ、原田さんと目が合った。
平助君のこと見てるってバレちゃったかな…と思ったその時。


原田さんは、意味ありげに笑うと片目を瞑ってみせた。



私の視線をたどった伊東さんが、小さく笑った。


「あらあら、藤堂君ったら、すっかりつぶれてしまったのね」

「原田さんと永倉さんは、まだまだ大丈夫そうですね」


ことさら平助君の話題に触れないよう返事をすると、伊東さんは、これまた意味ありげに私を見た。


「そろそろ、君にお呼びがかかるのじゃなくて?」

「お呼び?…ですか??」


なんのことやら?と首をひねっていると、原田さんがこちらに歩いてきた。



「伊東さん、お話中のとこ悪ぃな。千鶴、平助がつぶれちまってよ、面倒みてやってくれねぇか?」

「面倒って…寝ちゃってるんですよね?」

「ああ。それがな…あいつ、寝言でおまえの名前をぶつぶつ呟いてやがんだ」

「…………」


答えに窮した私の肩を、伊東さんがバンバンとたたいた。


「ほほほ…寝言で名前を呼ぶなんて、藤堂君たら一体どんな夢を見ているのかしら。雪村君、そういうのを『女冥利に尽きる』っていうのよ」

「そ…そういうものでしょうか?」

「ほら、早く行っておあげなさいな。膝枕なんかよろしいんじゃなくて?」

「伊東さん、あんたもたまにはいいこと言うな」


原田さんまで、ニコニコと伊東さんに同意している。



膝枕…

いくらお酒の席だからって、みんなの目に触れるこの場で、膝枕……!?



「さて」

伊東さんが立ち上がった。


「ようやく土方君がフリーになったようですわね。私は、土方君と美味しくお酒をいただきながら、社の今後の展開について語り合うことにいたしますわ」


いそいそと席を立つ伊東さんに会釈をして、ふぅと息を吐いたら、原田さんと目が合った。


「千鶴…悪いが、頼めるか?」



そんな風に言われてしまえば、断れるはずもない。


原田さんについて平助君のそばに行ったら「おう、千鶴ちゃん!よく来てくれたな」と永倉さんが迎えてくれた。



「おい、平助起きろ!千鶴ちゃんだぞ」

永倉さんが平助君を揺さぶる。

「んあ……?千鶴………?」

「ほれ、平助。せっかくだから千鶴に膝枕してもらえよ」

「くぅ〜っうらやましいぜ!平助、おまえがボヤボヤしてんなら、俺が千鶴ちゃんの膝、独占しちまうぞ!?」


原田さんと永倉さんが、代わる代わる平助君を突っつく。


平助君が一瞬パチッと目を開いた。

「大事な千鶴の膝、新八っつぁんなんかに譲ってたまるかっての」

そう言うと、私の膝にパタンと倒れ込み、頭をあずけて猫のように丸まった。


「お、“大事”ときたか」

原田さんが満足そうな笑みを浮かべた。

「ほら平助、言っちまえよ!」

「そうだ。こういう時でもなけりゃ、おまえは本音を吐かねぇからな」


再び二人が平助君を突っつく。


「………だめだ」

「なんでぇ…寝ちまったのか」

原田さんが顔をしかめ、永倉さんが盛大なため息をついた。



ぐっすり寝入っている平助君にデコピンして(それでも起きない!)、原田さんが私の顔を見た。


「千鶴」

「は…はいっ」

「平助のこと、任せてもいいか?」

「もちろんです……あの、ところで…先ほどお二人は、平助君に何を『言え』っておっしゃってたんですか?」


さっきから気になっていた疑問を口にすると、原田さんは平助君に一瞬視線を向けてから、柔らかく微笑んだ。


「それは、こいつが夢から覚めたら直接聞いてやってくれるか?」

続いて、永倉さんがニカッと笑う。

「それがいいな。俺らが言っちまったんじゃ、あんまりにも平助が不憫だからな」

「はは、違ぇねえ」




結局、忘年会がお開きになっても平助君が目を覚ますことはなかった。



「せっかく千鶴に膝枕してもらっておきながら、こいつ一切覚えてねえんじゃねぇの?」

平助君を背負った原田さんが笑う。


「けどよ、すっげえ幸せそうな顔してるぜ…潜在意識で、ちゃんとわかってんじゃねぇのか?」

永倉さんが平助君の頬をつねる。


「んにゃ…いてぇって…千鶴……」

もぞもぞと首を動かした平助君の寝言に、原田さんと永倉さんは顔を見合わせて爆笑した。


私は……ひたすら気恥ずかしかった。





翌日は、土曜日で会社は休み。


お昼過ぎに平助君がうちを訪ねてきて、昨夜のことを土下座せんばかりの勢いで謝られた。
(平助君ずっと眠ってたから、覚えてないと思うんだけど(笑))


私の部屋で、カフェオレをひとくち飲んでから、平助君はカップを置いて姿勢を正した。


「千鶴……あのさ、初詣一緒に行かねぇか?」

「え?私とでいいの?平助君、確かいつも、原田さんとか永倉さんと一緒に行ってるよね……あ!」

「どうかしたか?」



―――『平助君本人に聞け』って言われてたこと…
どうしよう、聞いてみようかな…



ちらっと目を上げれば、彼は真剣な顔で私を見ている。



―――まあ、いっか。
平助君が必要だと思えば、その時に彼から話してくれるよね、きっと。



「あのね、平助君。ひとつお願いしたいことがあるんだけど」

「ん?」

「平助君のお母さんに、振袖の着付けお願いできないかな」

「お、千鶴、振袖着んの!?」

彼は身を乗り出した。

「うちのおふくろだったら、バッチリオッケーに決まってるって。きっと、大はりきりだぜ!あ、あと… あのさ……もしよかったら、千鶴も一緒にオレの家で年越ししねえ?」

「え!?それは…私としては嬉しいけど…一人で除夜の鐘聞くのって、寂しいから。でも…家族水入らずのところ、申し訳ないよ」

「んなことねぇって。みんな千鶴が来てくれたら、絶対ぇ喜ぶし。それにさ…」


平助君は、顔を赤く染めると目をそらして言い淀んだ。


「それに…なあに?」

まっすぐ彼の顔を見つめる。

平助君は、小さく息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。


「もし、オレたちが…その…け…結婚したら…千鶴だって、家族だろ?」



子供の頃から、幼なじみとしての距離を保ちながら、一緒に時を刻んできた私たち。


大人になって、愛する気持ちを知って、お互いに一歩ずつ歩み寄って…



「平助君、私をお嫁さんにしてくれるの?」

「えっ!ほんとにいいのか!?……っと…悪ぃ…」


うなずいた私に、彼は顔を輝かせたと思ったら頭を抱え、申し訳なさそうに言う。


「こんな大事なこと…ちゃんと指輪も用意して、きちんと話したかったのにな」

「ううん、形なんか関係ないよ。私たちの気持ちが何より大切だもの」

「千鶴…絶対ぇ幸せにするからな」

「私も、平助君を幸せにするね」



微笑み合って、どちらからともなくかわす口付け。


来年の今頃、私は藤堂千鶴になっているのかな…


平助君の唇の熱を感じながら、私はそんなふうに思いを巡らせるのだった。

*

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