非日常のとビら

□39日目 お手伝い
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合言葉を言って、手の甲に見えないスタンプを押してもらうと、屋敷の中に入る。
かなりの人がいるけれど、狭苦しいという印象は全くなくて大きいおうちは凄いなあ。なんてそれこそ田舎娘のような感想を抱いた。もちろん顔にも態度にも出していない。

私の思っていた通り、ものすごい視線を感じるけれど、気にしたら負けだ。
腹を括った私はすごいもので、イルミの腕に置かれた手は全く震えていなかった。
ここで震えていたらめっちゃかっこ悪いからよかった。

しかし美形は本当に目を惹くのだろう。その証拠に勝手に道ができている。
広い会場だからそんなに人が密集している訳じゃないのに、階段を上がったところにいる主催者のところまで、花道のようにサッと道ができるのは見ていて面白い。
そんなこともあり、スムーズに主催者の前へとたどり着くと、できるだけ優雅にお辞儀をした。
主催者の人は体格のいいおじさんで、品定めをするかのようにマジマジと見られて居心地が悪かった。
イルミが名を名乗った後に続いて「ココナです」と名乗る。
ああ、もちろんイルミの本名を使うと場は大変ややこしいことになるため、ファミリーネームだけ偽名だ。
なんで全部偽名にしないのか聞いたら、別にそこまでしなくてもいいらしい。


「ココナちゃんか、容姿も可愛いのに、名前まで可愛いなんて。まるで妖精のようだ」

「お褒めいただき光栄ですわ」


うっわ、何言ってんだこのジジイ。と思ったが、ふんわりと微笑むことを忘れない。
笑顔が1番の化粧っていうし、これを終わらせてしまえばこの人ともう関わることもないのだ。


「つれないな。そんな所もクールでいいね」

「後に控えてる人もいますし、それでは、お時間をいただきありがとうございました」


助け舟を出してくれたイルミにありがとうの視線を送ると小さく笑ってくれた。
周りの人にはわからない変化だろうけど。

あのおじさんに謎に気に入られてしまったけれど、私はどうやら変な人にしか好かれないらしい。

階段を下りると、また道を開けられてしまうものだから横にいるイルミを見上げた。


「このまま何もしなくていいなら、壁際に行きたい…イルミのせいで道できるし居心地が果てしなく悪いよ」


私の方に身を傾けてくれたため、少しだけ背伸びをして、口元に手をあて、こそこそと伝える。


「言っておくけどココナも十分目立ってるよ。可愛いから」

「イルミのオーラが果てしないから見比べられてるだけでしょ。私の目立ち方可哀想」


なんだか可哀想な自分がおかしくなってきてクスクス笑うと視線が一気に私に向いた気がした。
これは嫉妬か?美形と談笑は嫉妬対象?談笑っていうか1人で言って1人で笑ってるだけだから許して!


窓際に着いた頃には、歩いている間に赤ワインの入ったグラスを受け渡されていて、何かの拍子で零したら怖いものができてしまっていた。

これは飲んでしまって、使用人さん?みたいな人のお盆に返しちゃう方が絶対いい事はわかっている。
でもワインは私には大人の味すぎる気がして、どうも口につける気にはならなかった。赤ワインはお料理にしか使わないもの。


「無理して飲まなくてもいいよ」

「ソフトドリンクの方がありがたかった…」

「喉乾いたなら持ってきてあげようか?」

「ううん、そういう訳じゃないよ。ありがとう」


社交パーティなのに全く社交しないのはどうなんだと思ったが、怪しいオークションが行われているらしいしこれはあくまでカモフラならば、それでもいいのだろう。

そんなことを思っていたら、深い緑のドレスを着た女の人がゆっくりとこちらに歩いてきた。ゆるくウェーブを描いた金色の髪はお姫様のようで、綺麗だなぁと思う。
やがて彼女は目の前に来ると私たちに挨拶をした。

彼女の瞳は完全にイルミに向けられている。うわあ、モテを見せつけられている。
周りにいる女の子たちもそわそわと様子を伺っているのがわかって、何人かはこれが続くことが予想された。
イルミはすごく素っ気ない返答をしているのに、女の子はほんのりと頬を染めている。

イルミがモテを見せつけているせいで、男の人の目線も集まり見世物小屋の商品になったきもちだった。

イルミに群がる女性たちに暗に邪魔だと言われている気がして、居心地が悪い。
このパーティーに来てからずっと居心地が悪い。
居候させてもらっているからお手伝いにと思って着いてきたから何か要求しようだなんて思っていなかったけれど、頑張ったご褒美にケーキをねだろう。

先程挨拶にきた子が去ったタイミングで、イルミの目が届く範囲でそっと横にずれた。
見た感じパートナーは入るときだけ必要なようだし、帰る時はパートナーと一緒じゃなくて良いらしい。
私はその理由を知っているけれど、この会場には裏オークションがあるだなんて知らない人だっているはずだ。
なんでこんなに怪しいパーティにみんなくるのか不思議になった。
私が知らないだけで、これが主流なのだろうか。

物思いにふけっていたせいか、目の前に人が来ていた事に気付かず、声を掛けられて驚いてしまった。


「ああ、驚かせる気はなかったんです」

「ごめんなさい。私、少しぼぅっとしていて」


声をかけてきたのは青年だった。
少しタレ目で優しそうな人だ。


「君のことが気になって。オレはエドウィン。君の名前を聞いてもいい?」

「ココナです。あんなに目立つ人の隣にいれば、気になってしまいますよね」


珍獣だと思って話しかけられたのかと思うと、原因となった男が憎らしい。
なんであんなポーカーフェイスな奴がいいんだ。愛想も悪い。


「彼は確かに目立っているけれど、君の可憐さも十分目立っている。君を見ている男はみんな、君と話したくて仕方がないんだよ」

「あら、褒めるのがお上手ね」


ふふ、と口元に手をあてて笑って見せたけれど、内心はそりゃあ珍獣だとは言えないわな。と思っていた。
どこかで見た貴族社会のように、本音はオブラートに包みまくって伝えられているのがわかって笑ってしまう。

彼はその間にもいろいろ自分のことを話していたけれど、心ここに在らずな私は適当な返事を返していた。

その後にも珍獣と触れ合いたい人達が訪れ、適当にご挨拶をした。
こちらの常識を全然知らないのが箱入り娘だと珍しく感じたらしく、私の珍獣度は知らないうちに上がっていたらしい。
何人目かになると、私に知識を開け明かして来る人が現れはじめてめんどくさいと思ったけれど、どこにでも知識自慢をしたい人はいるんだな、なんて考えていた頃に、イルミの方からピピ、と小さく電子音が鳴った。
仕事の時間なのかもしれない。


「ココナ、ちょっと外に行こうか」

「わかりました。では外させていただきますね。お話、楽しかったです」


ぺこりとお辞儀をしてイルミの手をとる。
適当な返事をしていただけなのにどっと疲れた。


「すんごいモテを見せつけてくるじゃん。私なんて珍獣をつつきに来てる感じだったのに!」

「可愛い可愛いって言われてたじゃん。ココナがたくさんの男に話しかけられてて、オレ嫉妬しちゃった」

「嫉妬ねえ」


テラスに近付くにつれて人も減っていく。
飲んでないワインは、使用人さん?に渡した。あのワインには悪いが、古くなったし別にいいだろう。
人が少ないというのはとっても居心地がよくて伸びをしたくなった。


「さっきの音、お仕事の合図かなんかなんでしょ?行ってらっしゃい」

「さっきのを見せられると、ココナを1人にするのが不安だよ」

「人も居ないし、イルミがすぐ戻ってきてくれたら大丈夫」


ばいばいと手を振ると、イルミは会場の方へと戻っていった。

そよそよと、優しく吹き抜ける風が心地いい。
他に休んでいる人がいなくてよかった。
目の前に見えるのはお庭…だろうか。
バラ園のようなものが見えて、少しだけ気になった。今日は綺麗に月が出ているし、バラが月の光に照らされる様子はきっと綺麗なのだろう。


「パーティを楽しんでいるかな?」


背後から聞こえて来たのは、主催者の声だ。
なんでこんな所に。と思ったけれど、そういえば手の甲に再入場スタンプの強化版が押されているんだった。


「ええ、でも少し疲れてしまって。夜風にあたりに来たんです」


主催者の方に身体ごと振り向いて、当たり障りない返答を。
1人になりたいオーラを出してみるけれど、たぶん伝わらないのだろう。


「そうかそうか。ここからは庭が見える。勝手に庭を見て回っても構わないよ」

「ありがとうございます。しかし、1人で歩き回るなと言いつけられておりますので、私はここでパートナーを待つことにしますね」


1人で歩き回って何かに巻き込まれる未来は正直見える。
イルミなら見つけ出してくれることはわかっているけれど、なるべく怖い思いをしたくないし、イルミに労力をかけさせたくない。


「私が案内するというのはどうだろう?」

「ふふ、貴方様にお手間をかけさせるだなんてそんなことできませんよ」

「…君は本当につれない」


そろそろこいつとの会話もキツい。早く帰って来てくれないかな…と思っていた所に、コツ、コツ、と複数のヒールの音が聞こえた。
そちらを見ると、見覚えのある新緑のドレスを纏った女の人がこちらに向かって来ていた。
後ろには2人の女性もいる。きっと友人なのだろう。
近くまできた後に私の隣にいる存在に気付いたらしい。


「主催者様がいらっしゃるとは思いませんでしたわ。あの、お話の邪魔をしてしまって申し訳ないのですけれど、女の子同士でお喋りしても?」


隣をうかがうと、主催者は満面の笑みを浮かべて「もちろん。女性同士での交流も当然、あるだろうからね。私はここで失礼する」と一礼してから去っていった。

思わぬ助け舟だが、次は次で恐ろしい。
イルミ関連で何か言われるのが明白ではないか。


「あの、ええと、私はココナです。何か御用ですか?」


なかなか切り出されないのが逆に不安になって、話を振ってしまう。聞かなきゃ何も起こらないのになあ。


「私…貴女のお兄様について聞きたくて…」

「お兄様…?ですか?」

「ええ、ご兄妹仲がとてもよろしいようですし、厚かましいことはわかっているのですがどうしても、イルミ様のことが知りたくて」


ああ!と合点がいった。私とイルミは兄妹だと思われていたのだ。
なんて都合のいい解釈!
確かに瞳の色は同じ黒、髪の色だって暗めだし、身長差もそれっぽかった。


「ああ!お兄様の話ですね。私から何かお教えできることがあれば!」


そして私はその設定に乗った。
乗るっきゃなかった。ごめんねイルミ。私はお前を売った。
すると目の前の女性はぱあっと表情が明るくなった。
恋する乙女はとても可愛い。
申し遅れました、と慌てて挨拶してくれた彼女に、私もきちんと名乗ったが、存じております。と微笑まれてしまった。
最初に名乗ったとはいえ、私のことはサーチ済みらしい。


「イルミ様は寡黙な様子ですが、お家でもそうなのですか?ココナ様とは談笑されていらっしゃるようですし、嫌われているのかと思うと不安で…」

「あまりたくさん話す方ではない…ですかね。いつも私の話を聞いてくれています…かね?」


それを聞いて、明らかにほっとした表情を見せる彼女はとっても可愛らしくて私までにこにこしてしまう。


「見ていて思いましたが、ご兄妹でとっても仲がいいのですね」

「そう、なのでしょうか?兄が過保護なだけですよ」

「大切にされているのですね」


嬉しそうに、何かに思いを馳せている彼女は、はっとしたように私を見る。


「テラスにいらっしゃるということは御休憩中だったのですよね。私の都合でお邪魔してしまって申し訳ないですわ」

「いいえ、いいのです」


助け舟を出してくれた上に、可愛い女の子とも話せて私は満足だ。邪魔なわけも無いし、同年代くらいの同性の人と話すことなどあまり無いから新鮮だった。

そうだ、折角の社交パーティなのだから友人になってもらうのはどうだろう!
そう思いついた時には彼女たちはもう居なくて、私は肩を落とした。
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