中編

□第4話 動き出す歯車
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人々の話し声、コピー機の稼働音、電話の呼び出し音、PCのモータ音や、キーボードのタイプ音。そんな聞き慣れた音を聞きながら私はせっせと手を動かしてゆく。
液晶タブレットには色とりどりの線が描かれ、青と緑がたくさん使われた、海の絵を描いていた。
あとは塗り残しがないかを確認するだけという所で声がかけられた。


「雨野さん、これコピーしてきてくれない?」

「はい…わかりました。何部ですか…?」


それくらい自分でやってよ…なんて内心少し毒づくが、断ることの出来ない自分が悪い。
言われた通りの部数をコピーするために椅子から立ち上がり、そこに向かう途中で誰かに足をかけられた。
私の視界がぐらりと揺れ、どこかに捕まろうとする。しかしその手をかけた部分が悪かった。
コーヒーメーカーのコードを引っ張ってしまい、バランスが崩れて私の上に落ちてくる。
何かの拍子でボタンが押されてしまっていたようで、熱いコーヒーも一緒に私の上に降り注ぐ。


「・・・っ!!」


頬にコーヒーがかかり、ぎゅっと強く目を瞑って避けようとすると、コーヒーメーカーは私の胸にあたり、お腹に熱湯を注いでいった。


「ちょっと雨野さん、コーヒーメーカーを壊さないでくれる?」

「私職場でコーヒー飲めないとか耐えらんないんだけど〜」


周りにいた女性社員が口々にそう言い出す。
コピーを私に頼んだ先輩は私をじっと見つめている。
その場にいた人の冷ややかな視線が私に刺さった。

足をかけられた方向を見ると、わけのわからない噂を流している張本人がクスクスと笑っていた。

幼稚だ。

私はこんな人が同じ会社にいることが恥ずかしくなった。
いや、違う。
私の周りにはこういう人しかいないのだ。怪我をした人間よりも、コーヒーを入れてくれる機械の方を心配する人たちがまともである訳が無い。

ーそういえば資料!!

辺りを見回すとすぐ隣に落ちていた。
もちろん、コーヒーまみれになって。


「あーあ、雨野さん。これどうしてくれるの?」


つかつかと私の前に来てコーヒーまみれになってしまった資料を摘むと、ずいと私の目の前に掲げる。


「その資料は先輩が作った資料ですよね。お手数ですが、もう一度コピーして…」

「そのデータがここにあったらPCから全部やってるわよ!ここにないからコピーしようとしていたの!どうしてそんなことも考えられないのかしら?貴女のせいでこうなったんだからもう一度打ち込み直してちょうだい!!」


べちゃっと私に資料を叩きつけると、私に背を向けて歩き出したと思えばくるりと振り返り、「今日までだから。よろしく。」とだけ言って、今度こそ去っていった。


「雨野さん。ちゃんとそこ、片付けておいてね」

「あとコーヒーくさいから着替えてきて」

「その壊したコーヒーメーカーも明日までに直しておいてね」


口々と周りの人たちは私に小言をいい、私の横で転がっているそれに視線をやっていた。

みんなが見ているのはそちらだけだった。
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