中編

□第4話 動き出す歯車
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じくじくと痛む腕や腹、そして頬は水脹れになってしまっていることだろう。
布が擦れるだけでも酷く痛み、立ち上がるのにも顔が醜く歪んでいるだろう。
顔の火傷は隠すことが難しいので残ると少し困る。
醜い傷が残ってしまえば私の周りから人はいなくなってしまうのだろうか。


「残念ながら離れていってしまう友達すらいないんだけどね」


そんな小さなつぶやきは賑やかな音で溢れたこの場所では誰に届くこともなく消える。

コーヒメーカーを一旦元の場所の戻し、まずは雑巾でこぼれてしまったコーヒーを拭き取った。
綺麗になったところを確認すると立ち上がり、自分のデスクの引き出しを開ける。私にデスクの引き出しには着替えが入っているからだ。雨に降られて服がびしょ濡れになった時からこうして一着は入れるようにしている。私は着替えとボディシートを手に取りお手洗いへと向かい、個室に入った。


「うっ…」


シャツから腕をだけなのに思わず声が出てしまうくらい痛い。
痛みを感じる場所を見てみると真っ赤に腫れ上がり、広範囲に大きな水ぶくれができていた。
そしてシートで体を拭き取るとすみやかに着替え、コーヒーまみれになった服を持って手洗い場に行く。
鏡を見ると、目の下から口の端にかけて真っ赤に腫れていた。
そっとその場所に触れるとじくり痛む。醜く痛々しい傷を見て、じわりと涙がこみ上げてきた。絶対に泣くものか。幼稚なやつらの行為だ。絶対泣かない。泣いたらあいつらの思うつぼなのだから。ぐっと唇を噛み涙をこらえているとこの傷を隠さなくてはと小さな焦りに襲われた。
異世界から来たというあの4人はきっと私のことを心配してくれるだろう。あの人たちに余計な心配をかけさせてはいけない。
それにあの4人はいつか元の世界に帰るのだ。依存してはいけない。依存しては辛いだけだ。


ーまたひとりぼっちの生活に戻るのだから


生きるためには仕事をしなくてはいけない。折角自分のやりたい仕事に就くことが出来たのだ。
こんなことで弱音なんか吐いている暇などない。今は手を動かさなければ。
私にはまだやらなくては行けないことがまだまだあるのだ。

時刻は午後6時。今日はいつもの時間には帰れそうにない。家に遅くなると連絡を入れなくては。
ぎゅっと服の水気を絞るとビニール袋に入れる。会社のすぐ近くにある薬局に向かうためにデスクにもどり、財布を取ってスマホを取り出す。まずは家に連絡を入れてから薬局に行くと報告しておかなくては。
自宅と書いてあるところをタップして電話をかけようとすると後ろから声をかけられた。

「あら、やらなきゃいけないことがたくさんあるのに随分と余裕なのね」

「遅くなってしまいそうなので家に連絡を…」


そこまで言ってはっとした。ほんの少し前までは1人暮らしだったのだ。


「は?アズさん1人暮らしって言ってたよね?あっ!まさか彼氏?アズさんいっぱいいるって噂されてるけどもしかして真実だったりして〜」


好奇の目が私に向けられる。
でも「違います!」という言葉の次に続ける言葉が見つからなかった。
異世界から来た人たちを居候させています。なんて突飛な話はわけのわからない言い訳にしか聞こえないだろう。


「口だけではどうとも言えるもんね。その醜い火傷でフられればいいのよ」


悪意がこめられた暗い視線。
異性との関係だけでここまで人間関係がぐちゃぐちゃになってしまうのか…と少しだけ怖くなった。
でも上司にそう言われてしまえば、なんとなく電話をかけにくいし、会社を出て薬局に行くのもなんだか視線を集めてしまうような気がした。
これをたくさんの人に見せるのは嫌なので薬局も諦めることにした。
家に連絡するのはもっと落ち着いてからでもいいだろう。
そう思いながらコーヒー塗れの資料を見やり、はぁ…と思いため息をついた。
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