中編
□プロローグ
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私のせかいは小さくて真っ白な病室がすべてだ。
ベッドの横にある窓から見える大きな木が私に季節を教えてくれる。
私は生まれつき身体が弱く、幼い頃から生命維持のために身体中に管が刺さっている。
この管からの投薬がなければ、私は7日間で死んでしまうらしい。
正確に言うと、長くても7日間らしく、きっともっと早く死んでしまうのだろう。
そのため管のメンテナンスは毎日入念に行われている。これを怠ると私は死んでしまうからきっと看護師さんも大変だ。
幼い頃からこの病室から出た記憶がないため当然友達などいるはずもなく、友達よりさらに大切だという恋人という存在は本の中だけに存在する御伽噺のようなものだった。
ぴっ、ぴっ、と私の生命活動を測る音しか聞こえないこの部屋で私は18年を過ごしている。
この病室は他の病室とは隔離されたところにあるようで物音は一切聞こえない。
検温や管のメンテナンス、血圧や心電図のチェック、食事を運びにくるときに足音が聞こえてくるだけだ。
本を眺めるか景色を眺めるかしかやる事がない私は、どうして生かされているのかがわからなかった。
いや、どうして生かされているのかなんて簡単なことだ。
重病の子供がいれば両親にとって都合がいいからだ。
普通の家であれば私のような存在なんて、ただの金食い虫以外の何者でも無いかもしれない。
しかし私の家の場合は父が政治家であり、国民から信頼を得る必要がある。
重病と診断された子供のいる世帯への金銭的援助のボランティアなどの慈善活動をすることで人格者だとアピールができる。
それに実際に自分も重病の子供がいるからその気持ちがわかる。と言えば説得性が増し、同情もされ、信頼される。
母は女優として芸能界で活動しており、重病の子供を持つ母親として講演会や書籍を出して自分の名前と人間性を売り出している。
そんなしっかりと両親が得をするシステムが出来上がっていた。
そのシステムを崩さないためにも私は生かされている。
私はそれだけの存在だった。
ふたりともろくにお見舞いにくることはないけれど、仕事上来ることが難しいと医者や看護師は思っているのだろう。
定期的にこの病室にお見舞いに来はするが、両親が来たとしても少しだけ会話を交わして暇つぶしに本を置いて行くだけだ。
そして今日はその両親が来る日のはずだった。
一向にくる気配はなく気づけば面会時間はとっくに過ぎていた。
それにおかしいことに検温も、管のメンテナンスにも来ていないのだ。投薬がなければ私は死んでしまうから遅れたことなど1度もなかったのに。
不思議に思いながらドアの方を見ていると開けていないはずの窓の方からふわりと風が入ってきた。
驚いて窓の方を見ると逆光で顔が見えないけれど、綺麗な黒髪の男の人が立っていた。
どちら様ですか、と聞きたいのにしばらく声を出していないせいで声が掠れてしまう。
「アズ雨野」
突然名前を呼ばれて恐る恐る返事をする。
「君の両親は殺させてもらったよ。君も殺せって依頼だったけどその必要はなさそうだね」
私の様子に目をやるとぷちっと私から管を抜いた。
その様子を見た私の感情は驚きよりも解放されたかのような清々しい気持ちで満たされていた。
「ありがとう」
「何いってんの。オレは君を殺しに来たんだけど」
「私、この生活から早く解放されたいとは思っていたけれど、自分で死ぬ勇気はなかったの。だからありがとう」
そこで初めてその男の人と目が合った。
中性的な顔立ちのお人形みたいな綺麗な人だ。
彼は何故か大きな瞳を少し見開いたような気がした。
私がこの管を抜かれた時点で寿命が決まったようなものだ。
しかし私の中にも1人前に欲はあったらしい。
このままこの狭い世界の中で死んでいくのは嫌だと思っているわがままな自分がいた。
「こんなことを貴方に頼むのはおかしいことだと思いますが、お願いしてもいいですか?」
「聞くだけならいいよ。なに?」
「貴方の1週間を、私に買い取らせてください」