中編

□第1話
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風の音が聞こえてきゅっと目を瞑る。
とっ、と地面についた衝撃が体に伝わると、そっと目を開いた。

私の病室はずいぶんと高いところにあったらしい。
私は一応病室から外に出たことはあるが、外に出る時は父様か母様の仕事関係のことで2、3回自宅に帰っただけだ。
その時は周りに人が沢山いて、自分の病室が何処にあるかなんて考えもしなかったけれど、開け放たれた窓は8階辺りにある。

そんなところから私と車椅子を持って飛び降りるだなんてやっぱり暗殺者さんは只者ではないみたいだ。


「看護師さんが病室に来なかったのって…」

「君のいた病院は防犯のためにお見舞いに行くにもしっかりと連絡を入れなきゃ入れないようになってるからね。時間通りに来なければ何かあったと思うはずだし、ニュースにでもなっててそれどころじゃなかったんじゃないの?」


彼は私にそう返すが、私はそうは思わない。

きっと騒ぎにならないように邪魔になりそうな者はすべて物言わぬ屍にしたのだろう。

そう思うとなんだか申し訳なくなった。


「はい、車椅子乗って。アズは何処に行きたいの?」


今は太陽もすっかり沈んでしまって街灯がぽつりぽつりとつき始めた時間。
しかし私には明日を待つ余裕がない。


笑わないでくださいね、と一言置いてから私が小さな頃から密かに憧れていた場所を口にした。


「私、学校というものを見てみたいです。小学校、中学校、高校…どれも私が行くことのできなかった場所ですから」


自宅で勉強を教えてもらっている場合もあるけれど、私はずっと学校に行って、友達と一緒に勉学に励むということに憧れていた。
しかし私は学校には通えずにずっとこの病室で勉強をしていたために、誰かと一緒に勉強をしたことがない。
外にほとんど出たことがない私は、もちろん学校に行ったことがないどころか見たこともないため、ただただ憧ればかりが大きくなっていた。
勉強することはできなくとも今なら見に行くことくらいはできる。チャンスだ。


「学校か…いいよ。そうなると結構ちょうどいい時間なんじゃない?」


暗殺者さんは機械を弄る手を止めると、私の車椅子を押して歩き出す。

少しして見えてきたのは飛行船で、私は不思議に思った、


「この近くに学校がないんですか?」

「その様子だと飛行船には乗ったことあるんだ」


私の質問には答えないまま、暗殺者さんは私を飛行船に乗せた。
近くにあろうとなかろうと連れていってくれるならばなんでもいいから特に気にしないけれど。

何度乗っても地上から少しずつ遠のいていく光景はドキドキしてしまう。
乗ったことがある、といっても飛行船には片手で数えられるほどしか乗ったことがなかった。

眼下には家の灯りやビルの灯りが灯っていて、キラキラと光っているのが見える。


「私、星空もとても綺麗だと思うんですけど、地上の星はもっともっと綺麗だと思うんです」

「地上の星?ああ、夜景のこと?」


窓の外を見ていた私に習って向かい側に座っている暗殺者さんも窓の外に目を向ける。


「そうです。家に帰れば灯りが付いているのって素敵じゃないですか。だって誰かが帰りを待ってくれているんですよ」


私は灯りが灯っているお家になんて帰ったことがないからその憧れもあるのかもしれない。
私がいたのは優しい灯りが灯る家ではなく、ただ白い蛍光灯が真っ白な病室を照らすだけの空っぽの空間。

自分の帰りを待ってくれる人がいるなんて、純粋に自分のことを考えてくれる人がいるなんて、すごく羨ましい。


「そんなこと考えたこともなかった。家に灯りが付いてるなんて当たり前のことだし。それに人の営みなんて言えば綺麗に聞こえるかもしれないけど実際は汚くて真っ黒なものばかりだよ」


だからオレみたいなのがいるでしょ、とサラッと言ってみせる彼はやっぱり無表情で、何を考えているかわからない。
しかし私も別に同情して欲しくて話した訳では無いから、なんだかそれが心地よく感じた。
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