中編

□第1話
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私を乗せた飛行船はしばらく空を移動し、またゆっくりと地上に降り立った。

時刻は日付けが変わる少し前、車椅子を押して貰いながら外に出ると、そこは記憶にある場所だった。

私の記憶にある場所なんて限られている。本の中で見た世界か、本当に私の目で見た世界のどちらか。

私の目の前に広がっているのは恐らく庭だ。部屋の窓からしか見たことがなかったけれど、この鮮やかな薔薇の花は見覚えがある。


「薔薇って生に執着するお花なんですって。だから好まれるって。でもジャポンの人はすぐに儚く散ってしまうサクラが好きですよね」


花はにほへど散っていく。散っていくからこそ美しいのならば、今の私は、美しいのだろうか。


「ふーん。オレは死に際が綺麗とは思ったことないかな。少なくともオレが目にしたターゲットの中で綺麗だと思ったことは1度もないよ。殆ど恨みを買ってる人間なのもあるかもしれないけど」

「確かにそうですね…暗殺者さんに依頼するってことはよっぽどの理由があるってことですよね…」


恨みもあるだろうけれど、きっと自分にとって不都合があれば殺してしまう。というケースもあるだろう。
たぶん今回の私の件はそんな感じだ。
私が生きていると誰かに不都合があるのだと思う。

そう考えると、少しだけ悲しくなった。

小さい頃から病室で管に繋がれていただけで、私が会話する人なんてお医者様と看護師さんくらいしかいないのに、それでも私は誰かにとっては邪魔だったらしい。

管を抜かれた時点で私は事実上死んでいる。今はまだ大丈夫だけれど、私はいつ動けなくなるのだろうか。

薔薇園の中を通り抜け、玄関に入ると、私は車椅子から降ろされてひょいと暗殺者さんに抱き上げられた。


「こ、これで行くんですか?」

「学校って段差が多いんだよ。それにこっちの方が速いし」


暗殺者さんとの物理的な距離がぐっと近くなって思わず身体に力が入る。


「何固くなってんの。落としたりしないよ」

「す、すみません。私こんな風に抱っこしてもらったのが初めてでびっくりしちゃって…」

「ふーん。まぁいいや。走るから喋らない方がいいよ」


そう言うやいなや、彼は地面を蹴る。
すると私は風圧で目が開けられなくなった。

目を瞑ると暗殺者さんと密着している部分をなんだか意識してしまう。
は、恥ずかしい…!

悶々としながら目を瞑っていると、今まで感じていた風圧が無くなっていき、着いたよ。という声が聞こえた。

ゆっくりと目を開けると大きな建物が目に入り、思わずわぁ、という声が出た。


「キミが行くとしたら多分この学校だったんだと思うよ。幼稚舎から大学まで一貫の学校。簡単に言えば超有名なお嬢様校だよ」


辺りを見回すと、もう柵を乗り越えていたようで、自分で言ったことなのに少し不安になってきた。


「こ、こんな大きな学校に忍び込んじゃって大丈夫でしょうか…」

「大丈夫だよ。オレたちがいる間は防犯設備全部errorになってるはずだし」


またまたすごいことをサラリと言う彼は足音も立てずにずんずん歩いていく。

何故防犯設備がエラーになっていると分かるのかが不思議だったけれど聞いたところで私には分からないだろう。

中央玄関前までたどり着くと、鍵がかかっていたであろう扉がかちりと小さな音を立ててから自動で開いた。
驚いて肩をびくつかせると暗殺者さんは私に視線を落とした。
自動ドアだったんですね。なんて笑って誤魔化してみたけれど、きっと私の不安は感じ取っているのだろう。

あえて私の不安について触れない彼は車椅子を進めていく。
さすがお嬢様学校と呼ばれるだけあり、ロビーの広さは私のいた病院のロビーの大きさと大差なかった。
幼稚舎から大学まで統一されているからこの広さは妥当なのかもしれない。
さすがに玄関がここだけとは思わないけれど。


「私、自分で歩きたいです。車椅子、ここに置いておいて大丈夫ですかね」


私が健康体であったならばこんなものを使わずとも自由に行き来できていたはずなのだ。
少しだけ気にかけるような視線を送ってくる彼にこれくらいなら大丈夫ですよ。と笑いかけると、学校内の見取り図を見つけた。
少し小走りで走りよると、なんとなくだがどの方向に何があるのかを把握するとことができた。
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