中編

□第2話
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校内全てをまわりきった頃には少しだけ日が昇っていた。

車椅子に乗りながら私は帰路についている。


「アズ大丈夫?疲れてない?」

「大丈夫ですよ。でも少しだけ休みたいです」


私は体力がある方ではないし、夜更かしもあまりしない。そのため眠気を感じるのも仕方ないだろう。
学校巡りは楽しかった。
今私が歩いている道だって本来なら歩き慣れた道になっていたのかもしれない。


「殺し屋さんは眠くはないんですか?」

「オレはしばらく眠らなくても動けるから」


眠らなくても動けるなんて、いつもなら健康的に大丈夫なんだろうか、なんて考えるだろうけど、今の私にはとても羨ましい能力だった。
眠る時間はこれからたくさんあるのに、私が起きていられる時間はあとすこししかない。
死ぬことを望んでいたはずなのに、やっぱり私は欲張りだ。


少し間を置いてから、暗殺者さんは今更なんだけど、と前置きを入れてから私に話しかける。


「殺し屋さんって呼び方やめない?傍から聞いたらおかしいでしょ」

「たしかにそうですね…」


実際に街中で歩いたことはないけれど、そんな会話をしている人がいたら通報までは行かなくとも不審には思われるだろう。
しかしそうは言えど私は殺し屋さんのお名前を知らない。
それでは名前で呼びようがない。


「イルミ=ゾルディック。ゾルディックって名前聞いたことない?」

「すみません…さっぱり…」


後ろで車椅子を押してくれている彼の方を振り返ると、「閉鎖された環境にいるからか…」なんてぽそりと呟いている。

彼は、知っていて欲しかったのだろうか。

ファミリーネームで呼ぶべきなのか、ファーストネームで呼ぶべきなのか。
普通ならばファーストネームなのだろうが、今まで誰かの名前を呼んで話すということがなかったために、なんだか緊張してしまう。
いつもは看護師さん、お医者さんなど役職呼びだったからその名前を口にする時に、少し声が震えて閉まったかもしれない。


「イルミ、さん…ですね」

「うん。そうだよ」


次は何がしたい?の言葉に少し間を置いてから告げる。


「次は、次は動物を見てみたいです。わがままだと思うんですが、動物園とかの動物ではなくて、飼い犬だとか、野良猫だとか、そういう日常生活を共に送っている動物が見たいんです」

「わかった。それなら昼頃に出発しようか。何か食べたいものとかはないの?」

「食べたいもの…ですか?」


今まで食べていた病院食だって美味しかったけれど、それは食事の時間になれば勝手に出てくるもので自分で食事を選ぶという概念がなかった。


「イルミさんの好きな食べたいものを食べてみたいです」

「オレの?…あまり好きな物とか意識して食べたことがないから特に」


暗殺という仕事は忙しそうだから食べる時間をしっかり取る事ができないのかもしれない。
私の知識にある食べ物を必死に思い出すと、今の時間でも簡単に手に入れることが出来そうなものが頭に浮かんだ。


女の子は甘い物が好きらしい。
小説の中の女の子はケーキやタルト、チョコレートやクッキーで喜んでいた。

今思い返すと小さい頃に1度だけ、1度だけ両親にねだったことがあった。

絵本に出てきた誕生日ケーキというものが食べてみたい、と言ったけれど、病気が治ったらと丸め込まれてしまったんだった。

私の病気は治るはずないのに。



私の知っている甘い物は、イチゴやリンゴ、オレンジなどの果物の甘さだ。
ゼリーも食べたことがあるけれど、どちらかというとお薬を飲む時に食べるものだという認識があるからあまり好きではない。
でも最期ならば、クリームやチョコレートをたべてみたい。


「なんでもいいのでコンビニのスイーツが食べてみたいです。あと、おかしも」

「コンビニか。それならどこにでもあるし問題ないよ」

「あっ、でも私今カードも何も持ってません!」

「オレが持ってるから問題ないよ。」


私のねだったものなのにと、申し訳なさを感じながらぽつりぽつりと会話を続けていると、少ししてからコンビニが見つかった。

コンビニの明るい光で目が眩んだ。
こんなに明るいものなのか。

イルミさんに商品の棚まで連れていって貰うと、スイーツといっても種類がたくさんあって戸惑った。


「こ、コンビニってこんなに色々置いているんですね…」

「ゆっくり選べばいいよ。全部でもいいし」

「全部買ったところで私食べきれないですよ。捨てるのは勿体ないですし、食べられる分をちゃんと選びます」


コンビニはお菓子屋さんでもないのにこんなに種類があるとは思ってもいなかった。

ロールケーキにティラミス、チョコレートケーキにタルト、フィナンシェやマカロンにシュークリーム、プリンだって食べたことがない。

甘さが口に合わないなんてことはないだろうか、なんて心配になりながらも手を伸ばしたのは木の実のタルトだった。


「これ、これがいいです!」


木の実を食べられることは知っていたが食べたことはなかった。
気になるものが詰まったこれをたべてみたい。


「それだけ?他は?」

「えーと、じゃあロールケーキも!」


甘いものを2つも買ってしまった私は家に帰るのがとびきり楽しみになって思わず口角があがる。

代金を支払ってくれたイルミさんにお礼をいうとレジ袋を受け取り、ゆるゆるな表情でいると、イルミさんと目が合った。


「ずいぶんと楽しそうだね」

「はしゃいでしまってすみません…でも、今人生でいちばん楽しいです」


彼はあまり表情を表に出さないけれど、本当になんとなく、なんとなく穏やかな表情をしているような気がした。
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