中編

□第2話
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家に帰ると自室に連れて行ってもらうと、コンビニの袋を置いた。
紅茶を淹れようと椅子から立ち上がろうとするとイルミさんに「病人を動かして仕事が増えるくらいならオレがやるから」と言って止められた。

彼の気遣いに甘えてそっと自分の手に目を落とす。
私の手は少しだけ震えていて、それを押さえつけるように手首を掴んだ。
震えと言ってもまだ大したことはない。生活には全く支障をきたさないだろう。
彼は私の変化に気付いていてくれたのだろうか。

コンビニの袋に手を伸ばしてタルトを取り出す。
イルミさんは何も買っていなかったけれど、私だけ買ってもらってよかったのだろうか。

確かにああいう所謂お金持ちの人はコンビニなんて使うことがなさそうだ。

私が健康体であったなら、普通に雨野家の娘として暮らしていたのなら、私にも縁がなかったのかもしれない。
もしかしたら私の性格も少しは違っていたのかもしれない。

別に今の自分に不満があるわけでもないけれど、でもこの病気がなければ人生が変わっていたことは確かだ。
この病気がなければ両親だって普通に私を愛してくれたかもしれない。

二人とも仕事が忙しいけれど、でも私の病気を利用した仕事が無くなればきっと今までよりは私との時間を作ってくれたかもしれない。

私は両親に思うところはあれど嫌ってなどいない。むしろ好きだ。

それなのに殺し屋さん…イルミさんは私の両親を殺したと言われても何も思わなかったのはもしかしたら今までと変わらないからなのかも。
…なんて例え話ばかりしていたって仕方がない。
どうせ考えるならば次に何をするかを考えた方がきっと楽しいだろう。


「持ってきたけど大丈夫?眠いの?」

「いえ、なんでもないです!ありがとうございます」


彼はわざわざミルクティーをいれてくれたようで、ありがたく受け取り一口飲む。


「ロイヤルミルクティー…ですか?あまり飲んだことはなかったんですけどとっても美味しいです」

「一応眠る前だからデカフェにしておいたよ」

「こんな時間に食べ物を食べるなんてなんだか悪いことをしている気分です」


実際にイルミさんに寝る前だと言われると更に悪いことに思えてしまう。
いつもは消灯時間には眠っていたし、それ以外に特に食べ物を口にすることがなかったから尚更そう思ってしまうのかもしれない。


「いつ何を食べたって誰も怒る人はいないよ」

「そうですね。今の私は自由ですから」


そう言いながら袋から出した木の実のタルトは、フォークで食べるにはあまりに固かった。
きっとこのキャラメルが原因だろう。
少しはしたないけれど、このまま齧って食べるしかないのだろうか。
いや、でもなかなか恥ずかしい。


「どうしたの?深刻な顔をして」


そんなこんなしているうちに、イルミさんに声をかけられてしまった。


「き、キャラメルが固くてフォークが通らないんですよ」

「そのまま食べるものなんじゃない?よくわかんないけど」


イルミさんもそう思うのならばそういうものなのかもしれない。
意を決してタルトに齧り付く。
…とても、美味しい。
早くイルミさんに報告したいのに、キャラメルが今まで食べてきたものとは違った食感のせいでなかなか飲み込むことができない。
やっとの思いで飲み込み終わると「とっても美味しいです!」と伝えた。


「そう。よかったね」

「イルミさんのお口には合わないかもしれないですね…」

「高いものだから美味しくて安いものだから美味しくないってわけじゃないんじゃない?確かに品質は違うかもしれないけれど、よく手料理は美味しいみたいに言うでしょ?」


確かにそれもそうかもしれない。
安直な考え方をした自分がなんだか恥ずかしくなって、甘さで上書きするのだった。
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