中編

□第3話
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私を乗せた飛行船は夜の空を飛んでいる。
次の私のわがままを叶えるためだ。
次に行くのはとびきり大きな遊園地。

遊園地は両親が休みの日に特別に連れて行ってくれる場所。
子供は前々から心を踊らせるくらい楽しみにする場所。
友達と遊びに行ったり、時には恋人とデートをしたりするシーンは小説で何度も見たシュチュエーションだ。

小さな頃の私は看護師さんから話を聞いて、家族で行くことにあこがれていたけれど、当然叶うことはなかった。

そう言えばあの看護師さんはあれから1度も会っていない。
余計なことを吹き込むなと怒られてしまったのだろうか。


「遊園地、今日で周りきれますかね」

「周りきれなかったらまた明日も行けばいいよ。一応ホテルも取ってあるし。明日は明日で他に行きたいところがあるならそっちに行ってもいいから遠慮しないで言いなよ」

「ありがとうございます。今もこうして付き合わせてしまって申し訳ないです」


今私がいるのはこの飛行船にあるベッドルーム。
なんだか1人でいるのが寂しくて、寝るまでそばに居て貰えますか?なんて少し恥ずかしいお願いをしたらさらりと了解してくれた。

今までは1人が寂しいなんて思っていなかったけれど、なぜかイルミさんだからこそそばにいて欲しいのだ。


「寝るまででいいの?アズが望むならオレはべつに起きるまで居てあげてもいいけど」

「ずっと私に付き合わせているのでイルミさんにも休んで欲しいんです。寝なくても大丈夫と言われても心配ですので…」


こんな死にかけのやつに心配なんて言われてもきっとお節介なんだろうけど、やはり気になるものは気になってしまう。


「分かったわかった。アズが眠ったの確認したらオレも休むよ」

「ほんとですか?ちゃんと休んでくださいね」


飛行船の静かな環境は、私を眠りの世界に誘う。
私が寝転んでいるベッドからはきれいな星が見えてとっても贅沢な気持ちになった。


「着いたら起こしてあげるから。ちゃんと寝ないで体調を崩されても困るし、
何も心配しなくていいから」


私を寝かしつけるようにゆっくり頭を撫でる少し冷たい手の心地良さに深い海に沈んでいくかのように眠りについた


ーーーーー


「アズ、そろそろ着くから準備するよ。体調は大丈夫?」


すぅ…と静かな寝息は絶えず聞こえてくるため、生きてはいるようだ。
昨日は楽しみすぎて眠れていないなんてことも無かったし、ゆっくり休むことはできているだろう。
なんてことを考えながら、イルミはアズの名前をもう一度呼ぶ。

すると、うう…と小さな声をあげてアズの長いまつ毛が揺れた。


「おはようございます」


少し掠れた声で挨拶をするアズにおはようと返す。
ちゃんと開いていないとろんとした目と目があって、少し自分の顔が緩んだ気がした。

ぽふりと布団の中から出てきた指先の震えは昨日と変わらなさそうだ。
アズは隠しているつもりなんだろうけど。

命の期限が刻一刻と近付いているからもっとわがままになっても、今までの気持ちを全部吐き出しても、人に当たって感情を露わにしても誰も怒ったりしないのに、彼女は人を気遣い続けている。

今日彼女が望んだのはテーマパーク。
今まで行きたがっていた場所が普通の日常≠ノ近いものだったから少し不思議ではあったけれど、たまに行くであろう普通の人の非日常≠ヘ普通ならば送っているはずの日常だったのかと思うと少し納得がいった。

オレも家族で行った記憶はないけれど、自分が望んで行かなかったのと、望んでも行けなかったのはわけがちがう。

眠る前にオレにそばに居ることを望んだのも無意識に今までの孤独を埋めようとしたのかもしれない。


「動ける?体が辛いなら身の回りの世話は女の使用人にやらせようか?オレじゃ問題あるだろうし」

「今はまだ大丈夫みたいです。動けるうちは自分でやりたいのでダメだと思ったら頼んでもいいですか?」

アズはゆっくりと起き上がって手足を少し動かしながらそう答える。

動くことを確認し終えると、ベッドから立ち上がった。


「自分の足で立つことが出来るってしあわせですね」


そう言って屈託の無い笑顔を見せるアズの笑顔が余計に切なくて胸が締め付けられた。
元々殺す予定だった娘にこんな感情を抱いているのもおかしな話だ。


「あんまり無理しないでよ。現地でアトラクションに乗る時は自分の足で乗りたいでしょ」


今日着る服を手渡してアズをベッドサイドに座らせる。

アズは病院着以外にあまり服を持っていないようだから毎日オレが用意していた。

服を広げて確認するアズはとても楽しそうだ。


「イルミさんはセンスがいいですね。とっても可愛くて好みです。ありがとうございます」

レースの白いTシャツの上にネイビーのノースリーブワンピース。白い靴下にダークブラウンのローファー。
アズの体格なら合うだろうも決めただけだからセンスどうこうは知らないがアズに言われると気分がいい。


「1人で着るのが難しかったら呼んで。使用人を寄越すから」

「はい。わかりました。ありがとうございます」


ぺこりと小さく頭を下げるアズの頭にぽん、と頭を置いてから部屋を出ると、ふぅ、と小さく息を吐いた。
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