非日常のとビら

□31日目 悪運
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「ともだち、だからですかね。その言葉が当てはまるかはわからないんですけど」


言葉をひとつずつ選んで、ぽつりぽつりと語り出す。


「私はきっと彼らのことを知っている訳じゃないと思います。むしろほんの一部分しかわかっていることがないんだろうとも思っています」


鎖は動かない。
しかしクラピカさんの表情はどんどん陰っていく。
そりゃあ犯罪者…それも知らない人が居ないくらいのすごい盗賊を友達呼ばわりする女なんて危険因子でしかないだろう。
この鎖は私の心を読んでいる。
私は捕まった時点でどう足掻いてもゲームオーバーだったのだろう。


「蜘蛛とは何処で出会った?」

「私の家です。突然押しかけて来たんですけど、私は彼らの好奇心を満たす存在になれたようで殺されませんでした」


鎖は動かない。

私だって殺されそうにはなっている。私が殺されなかったのはほんの少しだけ特別だっただけだ。
そして今ので4つ目の質問。次で最後だ。
かなり悩んでいるようで少しの間があいた。


「貴女は何者だ?」


私に質問した事で私が何者なのかをみうしなってしまったらしい。
しかし残念ながら私は大層な人間では無い。
本当にどこにでもいる平凡な人間なのだ。


「何者と言われても…ただのしがない学生ですよ。なんの特徴がある訳でもないどこにでもいるただの学生」


私はこの世界の人間じゃないということを除けば本当にただの学生。
何者と言われてもそう返すしかないくらい面白味に欠く存在だ。


「そんなに旅団との関係が知りたいなら実際に私と会わせてみればいいんですよ。すぐにわかります。私が交渉材料になるかなんてね」


私が言葉を重ねる度に表情が訝しげになっていく。
どうやら私は彼にとって相当危険なものとして認識されてしまったのだろう。

そして私を帰すわけにもいかなくなってしまったのだろう。


「貴女のことはよくわかった。帰すことはできないし私に協力してもらうことになるが、素直に従えば危害は加えない」

「私は交渉材料にならないと思いますけどね…」


どうせ意見を言えるような立場ではないし、到底逃げられるとも思っていない。
私の動物的本能なんて1ミリもあてにはできないけれど、身の危険を感じていない私のカンを信じようではないか。


突然クラピカさんに横抱きにされてどぎまぎする。
確かに縄で縛られている私を運搬するにはこれが1番手っ取り早いだろう。

重くないだろうか、なんてことは考えない。悲しいけれど彼は私の敵なのだ。
彼は私が悪だと決めれば殺すことなんて躊躇わないのだろう。

そして私が連れていかれたのは車の中。
それも座席なんていう恵まれた環境に乗せてもらえる訳もなく、トランクの方に詰め込まれる。
その時にトランクを開けてくれたのはまたサングラスの見覚えのある人物だった。
…そうだ。彼もハンター試験で一緒だった人じゃないか。
彼は私を見てぎょっとした顔をしてからクラピカさんをみた。


「おいクラピカ。その姉ちゃんはハンター試験の…」

「彼女も関係者だ」


そう短く言ってばたん、とトランクは閉められた。
今の私ができることはまず状況を把握することだ。
このトランクは後部座席と空間が繋がっているタイプのようだ。
自分の上には空間があるし、たぶん1人は既に車に乗っているのだろう。
私が嘘をついていないと心を読んだあの人だろうか。
クラピカさんとサングラスの人が車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。

どこに向かっているのか、私はこれからどうなるのか、不安なことはたくさんあるけれど私にとっていい状況になることがあるようには思えない。
希望は持つべきではないのだろう。
今までは少しは冷静に物を考えられたけれど、1人狭い空間にいると余計なことまで考えてしまう。

怖い。こわい。

今までの冷静さが嘘のようにカタカタと小さく体が震えだした。
じわりと込み上げてきた涙は1度流れてしまうともう自分の意思では止めることができなかった。

車の中はしんとした張り詰めた空気で緊張感に満ちている。

私が泣いていることはバレているのだろうか。
それとも彼らも自分のことで精一杯なのだろうか。

ぎゅっと目を瞑って何も考えないようにつとめた。



ーーーーー



トランクの中で泣いている間にいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

起きていたらなにかこの状況の打開策が生まれたかもしれないのに。

まぁ心を読める人がいるから作戦をかんがえたところであまり意味はなさそうだ。
どういう風に読み取っているかはよくわからないけど。
とりあえずクラピカさんは鎖を使った ねんのうりょく≠セということはなんとなくわかる。

車の中はしんとしている。
エンジンはかかったままだけど、車が動いている感じはしなかった。
私にされているのは手足の拘束だけで猿轡はされていないため喋ることを制限されていないとはいえ、車の中の人に何かを呼びかけようなんて気持ちにはならなかった。

あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。辺りはトランクに入った時よりも暗くなっているような気がした。

こんなに小さくなった状態のままでいるとエコノミー症候群になってしまうじゃないか。
エコノミー症候群がどんなものか知らないけれど。


バン!


なんの前触れもなく、突然車内が騒がしくなり肩が飛び跳ねた。

ジャラジャラという鎖の音と共に車が急発進してどこかに額をぶつけてしまった。
どうやら何か動きがあったみたいだ。

言い争うような荒い口調と静かで冷静な話し声が交互に聞こえる。
クロロ。クロロの声だ。

とくんとくんと鼓動が早くなる。
きっとクロロは私がここにいることに気付いていない。いや、きっと誰かいることはわかっているだろうけどまさか私がいるとは思っていないだろう。
私が動揺していることは相手にはお見通しなのだろうけど。

電話をはじめたクラピカさんの声を聞きながら気持ちを落ち着かせるために静かに深呼吸をした。
クラピカさんはきっとみんなに電話している。
人質は殺すと言っているけれど、私も殺されてしまうのだろうか。
私がここで死んだらあちらの世界ではどうなってしまうのだろうか。
あまりにも現実味が無さすぎて私が死ぬなんて考えられなかった。

いや、それよりも、だ。
もしもクロロが殺されてしまったなら私は元の世界に帰れないのではないか?
それはとても困る。クラピカさんに本当のことを話せば先に帰してもらえたり…するとは思えない。

この世界に取り残されてしまうことを考えると、途端に恐ろしくなってきた。


気を紛らわすためにクラピカさんの話に集中すると、どうやら旅団の方も人質を捕まえているらしい。

私は双方の間になにがあったのか知らないけれど、もしかしたら旅団の誰かがもうこの世に居ないんじゃないかと思ってしまった。
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