非日常のとビら
□32日目 取り引き
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ピリピリとした空気が辺りを包む。
クラピカさんはパクノダさんが私に反応を示したことで縄を握る力が強くなったように感じた。
パクノダさん本人かを確認すると、クロロと私を解放する条件の話が始まる。
「まずはお前達のリーダーへの条件。1つ、今後の念能力の使用を一切禁じる」
「えっ!」
思わず声をあげてしまい、みんなの視線が私に刺さる。
しかし私はクロロのねんのうりょくが使えなくなってしまうとたいへん困るのだ。
「ま、待ってください!それなら私元の場所に!ひゃ!」
今まで冷静だった私の混乱ぶりにクラピカさんは少し不審に思ったのか縄を強く引かれて尻もちをついてしまう。
クロロに視線をやると、クロロはパクノダさんに視線を向けていた。
私が静かになった所でまたクラピカさんが話し出す。
「2つ、今後旅団員との一切の接触を絶つこと。この2つが条件。そして守らせるためのジャッジメントチェーンをリーダーに刺す。それでOKか否かはお前が決めろパクノダ」
パクノダさんは私を見ると、口パクでごめんなさいと言った気がした。
そんな悲しそうな顔をされたら責めることなんてできないじゃないか。
クロロがねんのうりょくを使えなくなってしまうと私は自分の世界に二度と帰ることができなくなる。
そしてパクノダさんはその条件を飲もうとしている。
私はもう自分の世界に帰れない。
でも、もしも今日、この世界に来ていなければきっとクロロと、ヒソカと、イルミと、旅団のみんなと永遠の別れになっていたのかと考えるとどちらが良かったのか分からなくなってしまってぽろぽろと涙が零れてきた。
「パクノダさん。私、帰れなくてもいいです。たぶん、大丈夫です」
泣きながら言っても説得力がないだろうが、この世界はみんなの世界であり私の世界じゃない。
ここはイレギュラーな存在である私が諦めれば全て済む話なのだ。
私が何を言っているのかよくわかっていないクラピカさんは怪訝な顔をしていたけれど、センリツさんはきっと少しはわかっているのだろう。
これ以上パクノダさんを困らせるわけにはいかないと思って私は自分の膝に顔を埋めた。
こうできるなら尻もちをついて良かったかもしれない。
クラピカさんの条件は承諾された。
私はもう、帰れなくなった。
次にクラピカさんが言ったパクノダさんへの条件は、ゴンくんとキルアくんを小細工なしで無事に解放すること、そしてクラピカさんについての情報を一切漏らさないことだった。
キルアくんは覚えている。イルミが溺愛している弟くんだ。ゴン、というのは確か405番の男の子だった気がする。彼らは旅団のみんなに捕まっていたのか。
知らなかった知識を知ることで今の状況が少しだけどわかった気がした。
私はきっとゴンくんやキルアくんを無事に解放させるためのツールの1つだったんだと思う。
「その子はどうするつもり?オーラを見たらわかるだろうけど鎖を刺したところで何も起きないけど」
パクノダさんは、私に鎖を刺すなと牽制してくれているのだろうか。
クラピカさんがパクノダさんに出した条件は、旅団のみんなに自分がどういう人間なのかを知られないようにするためだ。そうなると私を解放して元の場所に戻すなんてリスクを犯したりないだろう。
というか元の場所に戻してもらったところで帰るための扉がないから困る。
しかしただの一般人が遠回しとはいえ守られている状況はどう見ても不自然だ。
クラピカさんは何かを考えるように黙ってから口を開いた。
「オーラなんか自分でどうとでもできる。…そうだな。2人が無事に帰ってきたら好きに道を選ばせてやろう」
自分でどうとでもできると言われても私はオーラが何かわからない。
この感覚には覚えがある。虎借る現象リターンズだ。
見かけばかり強くされていくのは困るからやめてほしい。
でも私の周りには旅団に有名らしい暗殺者がいることは確かだ。
私だってそんな人がいたらどんなに普通に見えたとしても警戒するだろう。
いや、むしろ普通に見える方が怖い。四天王とかだとそういう奴がいちばん強いという所謂お約束≠ニいうものが存在している。
それを自分に当てはめてみると、強キャラに見えてしまうことは確かだし、クラピカさんに警戒されるのも当然といえば当然。それに私にはハンター試験の分の虎借るが残っている気がする。
あの時は自分が不安な時は、だっこをせがめば安心感を得られたのに、隣の男は鎖でぐるぐる巻きだ。こんなんじゃ安心もへったくれもない。なんか殴りたくなってきた。
さっき見た時にクロロの顔には傷があった。たぶん揉めていたときにクラピカさんに殴られたのだろう。
…何故か分からないけどクロロが傷つけられたことに対して少し腹を立てていることに気がついた。
今日のことは全面的にクロロが悪いのに変な空間に身を置いて時間が経っているせいで私の思考もだんだんおかしくなっできたのかもしれない、
でも、帰れなくなった原因はクラピカさんだ。
八つ当たり思考になるのも仕方ない、なんて無意識に自分を正当化しようとしていることに私は気づかなかった。
交渉が終わり飛行船が先程の空港に着いた。
壁を使ってどうにか自力で立ち上がり俯いていると、私の不安がパクノダさんに伝わったようで、大丈夫よ、と近付いて優しく頭を撫でてくれた。
もちろん私は飛行船を降りることはできないため降りていくパクノダさんを窓から眺める事しかできなかった。
そして念能力を使えなくなったクロロの拘束は少し解かれ、話すことができるようになっていた。
「ココナ、怪我はないか?」
「捕まった時蹴られたけど今は混乱が勝って痛くないよ…」
私はこれからどうしたらいいのかしか頭に思い浮かばない。
「バカクロロって言いたいところだけど私が悪いから責めることもできないし、でもこっちに来なかったらもうクロロ達と会えないのかって思うと私はどうしたらいいのかわからなくなって」
止まったはずの涙がまた溢れてきた。
勝手に帰れなくされるのもどうかと思うけれど、勝手に消えるのも許せない。
あの変な扉が現れた時は早く消えろと思っていたはずなのに、いつの間にか生活の一部になっていたことが少し腹立たしくも感じるのにやっぱり居なくなられるのは寂しくて私のなかの感情はぐちゃぐちゃだ。
大丈夫だって抱きしめて貰いたいのにこの鎖でぐるぐる巻きの超かっこ悪いクロロにはそんなことできない。
そして私への疑心が頂点まで達しているクラピカさんの目はとても冷たくて恐ろしかった。
「お前は…お前は何なんだ…?何を隠している?」
静かなその声は震えていて私に何か得体の知れない恐怖を感じているように見えた。
言ってしまっても別に困るわけではないし、帰ることができなくなった今、言ってしまっても構わないだろうか。
ちらりとクロロを見ると目が合う。クロロは私が何をしようとしているかきっとわかっている。何も反応がないならきっと大丈夫だろう。
ぽろぽろと流れる涙を腕で拭いながら少しずつ話しだす。
「私は、私は一般人です。ただクラピカさんと住む世界が少し違うだけで」
「言っている意味が分からない」
それ以上はもう何も言う気はなかった。
ますます私のことがわからなくなってしまっているクラピカさんなんか気にせずにパクノダさんの帰りを待った。