非日常のとビら

□38日目 新しい街
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空の旅を楽しむこと約2時間。イルミが連れてきてくれたのは、お庭つきの、大きな一軒家だった。

飛行船から出る時に荷物を持とうとすると、これは部屋に届けておくよ。だから何も持たなくていい。と言われて私は手ぶらだった。

たくさん物が入っているわけではないし、重い訳でもないから別に自分で持ってもよかったのに。

この一軒家は街から少しだけ離れたところにあり、木々のざわめきと、野鳥のさえずりしか聞こえなかった。
静かで素敵なところだ。というのが私の第一印象である。
まだ門の前なのに、何から何まで高級感があることがわかる。

イルミはわたしの胸くらいまであるお洒落な門の鍵を開けると、どうぞ。と私を中にエスコートしてくれた。

綺麗に手入れされた庭を通り抜け、これまたシンプルながらも素敵な模様が彫られた玄関の扉をイルミが開ける。

少し広めの玄関に、シューズボックス。
床には傷1つなく、ワックスの塗られたフローリングは部屋の明かりに照らされて輝いている。
私はこの時点で眩暈がしていた。


「どうしたのココナ。気に入らなかった?」

「いやいや、お家にあげて頂いている分際でそんなこと思うわけないじゃん。ただ何もかもがオシャレだなと思って」


私が感じている違和感に関しては今は言わないでおこう。

脱いだ靴を揃えながらイルミの後を着いていく。


「ここがリビング。このカウンターの奥にキッチン。ここにあるもので足りないものがあったら言って。買ってきてあげるから」


イルミはそれくらいの説明しかしなかったけれど、とんでもなく大きい冷蔵庫に食洗機、馬鹿みたいな量の調味料が置いてある棚。色んなサイズのフライパンやお鍋など、ここにはシェフでもいるのだろうかと言いたくなるような設備が整っていた。


「ああ、もちろんココナが作りたくないなら専属のコックも付けるよ。でもココナは何か仕事がしたいって言っていたし、この家の家事でもどうかなって思ってた」

「やるべきことを頂けるのはありがたいんだけどね、うん…」


歯切れの悪い私の返事なんて彼にとってどうでもよかったのか、それともこの返事は想定済みだったのかは知らないけれど、じゃあ次はこっち。なんて言って私のことなんてガン無視でトイレの場所やら、書斎、客間など、お家の説明は続く。


「ここがお風呂。使い方はたぶんわからないことはないと思うけど、ここでジェットバスがでるよ」

「ほえ〜」

「ここのモニターは一応テレビだとか映画を観られるようにしてあるけど、ココナはのぼせちゃいそうだからほどほどにね」

「ほわ〜」

「脱衣場は見ての通りの感じ。タオルだとかはここに入ってる」


説明しているから当たり前ではあるのだが、やたら喋るイルミの違和感ったら無い。
頭のキャパシティが限界を迎えつつある私には整いすぎている設備の説明でさえも混乱する要素の1つとなっていた。
こんなにいろいろ説明されているけれど、この家にはまだ2階があるのだ。


「外から見ても思ったけど、やっぱり、ひろすぎるよ…」

「そう?ココナさっきから全然喋らないけど、もしかして疲れた?」


私の様子を見ようとしてくれたのだろう。
イルミは私と目線を合わせてそう聞いた。

そしてそれは、きっと無意識だったと思う。

ぽす…とイルミの腕の中に収まり、手をまわした。
イルミは一瞬、身体をびくつかせたけれど、抵抗はしない。
そのまま強めに抱きしめて息を吸い込むと、自分の知っている匂いに包まれて、少しだけ安心できた。
新しいものに包まれて不安ならば、知っているものを取り込めばいい。きっとそういう感じの考えだったんだと思う。


「そんな可愛いこと、どこで覚えてきたの?」


イルミの表情は見えないけれど、嬉しそうにしていることはわかる。
こっちは一大事なのに。
彼は私の頭にそっと手を乗せて、子犬を愛でるかのようにゆっくりと撫でられる。


「イルミ、私ずっと思ってたんだけどさ、このお家、新築の匂いがする」

「うん、ココナのために建てたからね」

「やっぱり……」


イルミならやりかねないと思っていたけれど、やっぱりそうだったようで、このお坊ちゃんの行動力に頭を抱えたくなった。


「私だけがこの家に住むの?」


数ヶ月この世界にいたとはいえ、ひとり暮らしとなるとハードルが高い。
とはいえ、イルミに使用人さんを付けてくれなんて厚かましいことも言えないし、ぽっと出のよく分からない女に仕えることになる人が可哀想でならない。


「そんな不安そうな顔しないで。本当にココナは可愛いなあ。」


どこにも行かせたくなくなる。と、ぽそりと呟かれたかと思うと、腕が腰にまわされてぐっと抱きしめられた。
私の頭を撫でたままだった手もそれに倣うように力が入る。
もちろん痛くはないけれど、うん、痛くはない。
でも、自分からした行動なのに、いや、だからこそ、自分が酷く薄情な人間に思えた。


「オレがやりたくてやってるの、ココナは何も考えなくていい」

「ずるいひとだね、私も、あなたも」

「さあ、なんのことだか」


イルミは小さく肩を竦め、何事も無かったかのように私から離れた。
長時間の移動で疲れたよね、ココナの部屋に案内するよ。と言われ、きっと場面は切り替えられたのだと思う。
イルミに案内されるがまま、2階にあがり、すぐ左側に折れたところにある部屋が私のお部屋らしい。
ぱちりと部屋の明かりをつけると、シンプルな家具たちが私の目に入った。


「疲れてるみたいだし、眠るといいよ。なにかあったら名前を呼んで。すぐ行くから」


幼い子供に言い聞かせるかのように言うと、イルミは部屋から出ていった。

しん、と静まり返った室内は、私が呼吸する音だけが聞こえている。

私に与えられた部屋は少し広めではあるけれど、至って普通のお部屋だった。

ふぅ、と小さくため息をついて、一歩踏み出すと、ソファの上に私の鞄が置いてあるのを見つけた。

イルミはずっと私の傍にいたはずだから、使用人さんがここまで運んでくれたのだろう。

バッグのなかからクマさんを取り出し、抱きしめると、少しだけ心が落ち着いた。
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