妄想本棚

□オレンジ
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【オレンジ】



「ねえ、」
その先に続ける筈だった言葉を、夕陽の中に見失ってしまった。
とてもきれいな夕焼けに暫し見惚れているうちに、それは自覚の無い迷子になっていた。

「――ねえ、」
それでも繰り返す。
繰り返してあなたに声をかける。
こちらを、向いて欲しいから。
僕は――あなたに何を言おうとしたのだろう。

「ねえ、師叔」
「――何だ」
少し不機嫌そうな声。
視線は机の上――考案中の作戦資料の束に向けられたまま。

「言いたい事があるなら言えば良い」


言いたい事を――言っていいのですか…? 本当に?
それらを全てさらけ出してしまったら、困るに違いないのだ。
あなたも、僕も。
否、それよりも寧ろあなたが困らなかったら――困らない程に僕に無頓着だとしたら。
それを知りたくないから。だから全部は言えない。
臆病な妄想が僕の枷だ。それはきっと、正しくて間違っている。

『僕は妖怪です。あなたとは異なる生き物なのです』
『でも、あなたの事が好きです。誰よりも大切です』
『だからあなたの全てを僕に下さい』
――言ったら、あなたは困るでしょう?
あなたの属性。
あなたのやさしさ。
あなたがなすべき事。
僕は違う、モノ。
あなたの凛とした強さも覆い隠している弱さも、誰にも見せていない心の傷も、その細く甘い躯も。
息も熱も淋しさも喜びも――全部をだなんて。
困るでしょう?
それとも呆れてしまう?
…そんな事、あなたにとってはどうでもいい?
――ねえ…。
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