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□あなたならかまわない
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【あなたならかまわない】



きつく敷布を握りしめていた手から、小さな声が上がると共にがくりと力が抜けた。
そっと添えるように重ねられた大きな手を、払いのける事もできやしない。
「おぬしのせいだ」
すっかりと息の上がったこの身が、我がことながら忌々しい。
もたらされた快感に、指先までじんと痺れている。
「否定しませんよ」
汗ばんだ肌の上を、形の良い唇が殊更やさしげになぞっていく。
時折、甘やかに吸い上げては赤い痕を残しながら。
「おぬしが悪い」
その息が柔く掛かるだけでも、熱が更に上がりそうだというのに。
きっと知っていてこの青年はこうして自分に触れているのだ。
「そうですね」
悪びれたそぶりすら感じさせずに、いけしゃあしゃあと青年は言う。
寧ろ楽しんでいるのかもしれない。
「今週中に片付けたい書簡があったのに」
当然の事と言わぬばかりにしゅるり、と帯が解かれる。
とうに夜着は乱れて、ところどころ肌も露わになっているというのに、なぜわざわざ脱がすのだろう。
「手伝いますよ」
はだけた袷から差し入れられた手のぬくもりに、青年に聞こえるのではと思うほど胸が高鳴る。
息をするのも苦しくて、柄にも無く、そのしなやかで強い腕に縋り付きたくなってしまう。
「明朝早くに出掛けるつもりでおったのに」
覆い被さる青年の長い髪は、檻のように自分を閉じ込める。
蒼く艶やかな檻に、心までも囚われる。
「起こして差し上げますから」
肩から夜着を落とされ、隠すものがなくなった躯を爪の先から濡れてしまった芯までも菫の瞳がつぶさに見つめる。
こんな、痩せた子供の躯になんの興味があるというのか、全く解らない。
「軍議の資料を探して目を通したかったのに」
その腕の中にいれば、全ての不安や痛みから遠ざけられそうで――怖い。
守られる価値などある筈もない自分に、そんな優しいものは不要だ。
「必要なものは揃えましょう」
心地よくて溺れてしまいそうなのを、気付かれたくない。
気付かれたら、なけなしの矜持が粉々に砕け散ってしまいそうで。
「おぬしがそうやって、わしを甘やかすから悪い。
おぬしがわしの予定を狂わせておる。
わし一人でだってできたのだ」
独りで構わなかったのに。
これまでも。
――これからも。
「できる筈だったのだ。おぬしのせいでできなくなったではないか」
こうして悪態をつかなければ己を保てない程、自分は弱くてちっぽけで。
青年はただ在るだけでも美しく、本来なら自分の手など届きようもない稀有な存在で。
「――でも、そう言いながらもあなたは僕を赦して下さるのでしょう? ならば――」
菫色にきらめくふたつの星は、どんな陽射しよりあたたかで、虚勢をはる自分を溶かしてしまうのだ。
溶けた滴――いつの間にか溢れていた涙を、やさしいくちづけが迎える。
「ご自分をも、赦しておあげなさい」




〈了〉
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