妄想本棚

□ふたつの魔法
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投げ出した僕の脚の上に繋いだ手を乗せる。
師叔の小さな手は僕が撫でた為か随分とあたたかくなって、そしていつの間にか僕の手も繋ぐ前よりもやわらかなぬくもりに満ちていた。

「絶好の昼寝日和だ」
「そうですね、とても――あたたかい」
機嫌を損ねた様子も無く呟く師叔の声に僕は少なからず安堵し、そのやわらかで癖のある髪に浅く頬を埋めた。
師叔の甘さを含んだ匂いに小さく吐息をつく。

そのまま語り合うでもなく何かをするでもなく、ただ時を過ごす。
日頃軍務に忙殺されている一分一秒と平等とは思えない時の流れが、今のここにはある。
こうして黙ったまま費やす時間を愛おしく思えるのは、この人とだけ。
とても――とても贅沢なひとときだ。


ずっと、こうしていたいと想う。
同時に、いつまでこうしていられるだろうと思う。


この人と、この人と共に在る時間が大切すぎて、僕の中に闇ができている。
ふとした瞬間に、まるで目隠しをされているかのような不安が胸の中でじわじわと広がるのだ。
どんなに目を逸らしたくても、闇からは逃れられない。
眼を瞑っても、そこもまた闇――だ。

けれど今は――
あなたは隣に居る。
あなたの隣に居る。

直に肌が触れているのは繋いだ掌だけなのに、抱き締めたり口づけたりするのと同じ位に、胸の奥の方でこの人を慥かに感じていた。
闇などより余程強く、はっきりと。
少しだけ苦しくて、それを包み込んで余りある程のやさしい気持ちとが心を占める。
焦がれて肌を重ねる時とは異なるじんわりとした日だまりのような心地良さに、僕はそっと眼を閉じる。
この気持ちを忘れてしまわないように。
何気ないこの瞬間を、掌から零れ落としてしまわないように。

きっと僕は、
この人のそばに居るから不安になって、
この人のそばに居るから安心する。
こんな矛盾した想いはこれまで持った事が無いし、これからもこの人以外には持ち得ないだろう。


師叔の髪に寄せた頬と鼻先をごく僅かに擦ると、より切なく甘い香りが僕をくすぐる。
そよぐ風が、師叔と僕の髪を緩く揺らして通り過ぎていく。
木の葉が微かな音を立て、間違いなく時が流れている事を――今が永遠ではない事を僕に告げる。

「……」

好きですと言いたかった。
常の僕なら躊躇わずに伝えるところだけれど、言葉にしたら想いを伝えられない気がして――否、言葉に想いを乗せ切れない気がして言えなかった。
師叔に対しては想いをきちんと伝えたいのが僕の信条だから、普段こんな事は思わない。
勿論、感情を押し付けるつもりはないけれど、沢山伝えたいから何度も言葉にする。
何度も好きだと言う。
下手をすると言葉の安売りに見られているかもしれないが、どれだけ伝えてもこの人への想いは次から次へと溢れて尽きる事がないのだ。
この人への感情がいつもはこんこんと湧き出る泉なら、今このひとときはとろとろと煮詰めて濃度を増した水飴のようだ。
そんな僕だから、噤んだ言葉と想いとが鬩ぎ合って胸の奥でじりじりと燻り出す。
もどかしさが今度は己へと向けられ、つくづく身勝手な自分に僕は呆れた。

こんなにも好きで、切なくて、大切で。
言葉が無理ならせめてこのやわらかな熱で伝わって欲しいと願って僕は――繋いだ手に、沢山の想いと、ほんの少しだけ指先の力とを込めて握り直した。

絶対の未来など無いと知りながらも、この人と共に在る先をただ願って――。
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