物語

□家族になった日
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『歌えないボーカロイドなんてただのガラクタじゃない!』

 あの時、マスターに言われた言葉が頭をぐるぐると回る。ガラクタは必要ない。歌えないボーカロイドなんて、私はいらない。
 帰る場所も無くして、生きる意味すら無くなって……。それでも自分で壊れることなどできない……なんて、無力な機械。

「……こんなとこで何してんの?」

 突如僕に当たっていた雨が止んだ。同時に、頭上から声が降ってくる。
 顔を上げると、鮮やかな緑が視界に入る。

「ずぶ濡れじゃねぇか……。迷子か? 家は?」

 彼の問いかけに、僕はふるふると首を振る。水滴が2、3粒地面に落ちた。

「帰る場所なんて……ない……」

 そう告げると、彼は数度目を瞬かせ考え込むような仕草のする。その悩ましげな表情に、一瞬見とれてしまった。

「んー……じゃあ、とりあえず一緒に来るか?」

「……え?」

 突然の申し出にぽかんと口を開けたまま固まってしまう。
 そうしている間にも彼は僕の手を掴み歩き出す。

「え、あ……ちょっと……」

「帰る所無いんだろ? だったら家に来ればいいよ。まぁ、マスターに聞かないとわかんねぇけど」

 マスターという言葉に反応する。
 僕たちボーカロイドは、保持者である人のことをマスターと呼ぶことが多い。多いというか、ほとんどがそう呼んでいるだろう。

「あなたも……ボーカロイドなの……?」

「ん? あぁ……まぁな。俺のこと知らねぇだろ、“鏡音レン”くん」

 緑の髪……思い当たるボーカロイドは初音ミクさんだけど……この人は短髪だし、第一性別が違う。じゃあ……この人は? 僕の知らないボーカロイドなのかな……。

「あの……名前聞いてもいい……?」

「初音ミクオ。マスターたちは俺のことクオって呼ぶ」

 初音……ミクオ? 名前はミクさんに似てるけど……派生、なのかな?

「はは、不思議そうな顔してんな。まぁ無理もねぇか。俺は――亜種だよ」

 亜種……。話だけは聞いたことがある。
 何らかの原因によって起こるエラーとかバグの類いだったような気がする。

「元はちゃんとミクだったんだけど、ある日目を覚ましたら……亜種になってた」

 そんな話をしながら歩いていると、ミクオさんはとある家の前で足を止めた。
 僕の方を振り返り傘を閉じると玄関の扉を開けた。

















「ただいまー」

 ミクオさんがそう声をかけると、奥の方からパタパタと足音が聞こえてきた。

「おかえり、クオく……あれ」

 部屋の扉を開けて玄関に出てきたのは、青い髪が印象的な男の人――ボーカロイドのカイトさんだった。
 カイトさんは僕を見て目を丸くする。

「クオくん、その子レンくんだよね? どうしたの?」

「捨てられてたから拾ってきた」

 まるで捨て猫でも拾ってきたかのような軽い口振りに、カイトさんは困ったような笑みを浮かべた。
 途端、視線を感じてカイトさんが出てきた扉に目を向けるとこちらをじっと見つめる男の人と目が合った。感情の籠っていないようなその瞳に小さく悲鳴を上げてしまう。

「ん? あ、マスター。クオくんがね、レンくん連れてきたみたいなんです」

「なぁ、マスターこいつ帰る所ねぇんだって。家に置いてやれねぇ?」

 カイトさんとミクオさんが彼をマスターと呼んだ。あの人が……マスター……。
 マスターと呼ばれた人はふらふらとこちらに歩いて来ると、僕のことをじっと見つめる。居心地の悪さに目を逸らしてしまった。

「……タオル。このままじゃ家の中びちゃびちゃになっちゃう」

 無表情でそれだけ言うと、彼は側の階段を上っていってしまった。
 結局、僕はここにいてもいいのだろうか……。

「あはは、ごめんねレンくん。マスターはいつもあんな感じなんだ」

「でも、なんかマスター嬉しそうだったな」

「えっ!?」

 嬉しそうだった!? あれで!?
 僕には無表情にしか見えなかったけど……。
 そんな僕の気持ちが伝わったのか、カイトさんが僕に笑いかけながら「そのうちわかるようになるよ」と言ってきた。
 ……わかるようになるのかな。自信ないけど……。












 体を拭いて、着替えを貸してもらった僕は食卓についていた。ちらりと彼に目をやってみるが、反応はない。

「えっと、改めまして僕はカイト。名前くらいは知ってるよね?」

「うん……」

 カイトさんはそう言うと、隣でご飯を食べている彼に「ほら、マスターも」と自己紹介を促した。彼は口に含んでいた物を飲み込むと箸を置いて僕を見た。

「……俺は冬麻。高校生」

 それだけ述べると、再び食事を再開する。すごい簡潔な自己紹介だったな……。

「あ……えっと……僕は鏡音レンです。本当は、僕はリンも兼ね備えているボーカロイドなんですけど……高音が出せなくなってしまい……捨てられてしまいました……」

 僕がそう告げると、カイトさんは「辛かったね……」と声をかけてくれてミクオさんは無言で頭を撫でてくれた。

「ねぇ……二人は、と……ま、マスターのボーカロイド……なんだよね?」

 カイトさんかミクオさんなら答えてくれると思い口にした質問。しかし以外にも答えてくれたのは今まで黙々とご飯を食べていた冬麻さんだった。

「冬麻でいい。クオは俺のだけどカイトは違う」

「あ、じゃあ僕はカイ兄とでも呼んで。今は訳あってここにいるけど、本当の持ち主はマスターのお兄さんなんだよ」

 へぇ……なんか複雑な関係だな……。

「別に関係ねぇだろ」

 味噌汁を啜ったミクオさんがお椀を置いてそう言い放つ。そして箸を置くと、肘をついて僕の顔を覗き込むようにして見てきた。

「関係があろうがなかろうが一緒さ」

「うん。俺たちは家族だから」

 すでに夕飯を平らげた冬麻さんが僕をまっすぐ見てそう言った。その瞳は先程と同じはずなのに、今は酷く優しく見えた。

「……はい!」


 こうして僕は、新しい“家族”を手に入れた。



















「ねぇねぇ」

「あん?」

「クオ兄って……呼んでもいい?」

「あぁ、好きに呼べよ」

「うんっ」







END
 

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