短編(パラレル)
□"良き選択"(R-18)
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幼稚園児の頃、お気に入りの人形を無理矢理に貸してと言われて、帰ってきたのは土に汚れた可哀想な人形だった。
浮かぶ感情は、きっとこの時とたいして変わらないだろう。
今の方が当時より、表現できる言葉のバリエーションが増えているだけで。
哀しみ、惨め、汚辱、怒り、恨み、妬み―
どれもこれも生々しい負の言葉の羅列が浮かぶ。
あの時、幼いながらに感じた怒りや恨みや妬みはどこへ向いていたのだろう。
汚した女の子に?
それとも、貸してしまった自分自身に?
汚されても綺麗に笑う人形に?
そんな仕組みの世の中に?
汚れてしまった人形はどうしたのか、記憶には残っていない。
汚れたからお気に入りじゃなくなって押し入れに閉まった?
汚れたから棄ててしまった?
頑張って洗って、汚れが多少残っていてもなお、まだ大事にしていた?
わからない。
人形と人間は違う。なんて、幼稚園児にでさえわかる事実を確認する。
確かなのは、私がいつかの日、大事なものを壊してしまったこと。
壊したものは元には戻らないこと。
ナミを愛してしまったこと。
不確かな愛を確かめたかったこと。
私はナミを傷つけただろうこと。
また壊すとも限らないこと。
あなたの前では何もかもが霞む。
自分が大人になったことすら忘れてしまったみたいに。
星空すら霞むと言えば、場違いにロマンチックかもしれない。
ナミのことがとても欲しくなったけれど、もっと言うと滅茶苦茶にしてしまいたい衝動はあったけれど、表情には出さずにナミに背を向けてただベッドの端に座る。
ロックグラスをサイドテーブルに置くと、カラン、と氷が小さく音を立てた。