aoex(extra)

□創世記
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穏やかな陽光が心地よくて目を瞑る。
少女は草原の上で日向ぼっこをしていた。
風が吹くと草花がそよぎ、頬を優しく撫でる。
鼻をスンと鳴らせば薫る匂いに酔いしれる。
今まで持ち得なかった五感を手に入れた少女は、その快楽を存分に享受していた。

故郷である大樹の周りには、甘く熟れた果実も澄んだ水もある。
恵みの多いこの環境こそが少女にとっての全てだった。
気持ちの良さにウトウトしていると、白い馬が近寄ってきて顔の近くで鼻をひくつかせてくる。
少女は馬の顎を擦ってから起き上がった。


「フフ、遊んでほしいの?」


話し掛けると、白馬はブルルッと震えた。
その反応に少女は微笑み、馬の背に手を添えると軽やかに跨った。


「いいよ、少し走ろうか」


足で合図すると、馬は待っていたと言わんばかりに地を蹴る。
そのまま東の方角へと駆けていった。



* * *



「随分遠くまで来ちゃったな…」


少女の眼前には赤々と炎が聳え立つ。
ここは少女の故郷の最果てだった。
馬を休ませようと近くにある草を食ませて、少女はその炎の壁に近寄った。


(まだ距離があるのに凄く熱い…。触れたらきっと形も残らなそう…)


少女は遠い昔、知恵の樹の実を食べてこの世界を追い出された人間たちのことを思い出していた。
この炎の向こうに彼らは居るのだろうか。
この庭の他に、どんな世界があるというのだろう。
少女の中で好奇心はどんどん膨らんでいく。
それでも自分にそれを確かめる術など無い。
もうここは熱くて溶けてしまいそうだし、そろそろ元いた場所へ戻ろうと炎に背を向けた。

すると、先程までは居なかったはずの場所に人が立っていたので、少女は驚愕した。


「……」

「……」

「あ、あの…貴方は?」

「……」


少女は恐る恐る声を掛けたが、相手は微動だにしない。
よく見ると、人の背格好ではあるが、顔の左右にも獣の顔がある。そして目を瞠るのは背から翼が生えていた事だった。
少女とは姿形が違うその人物をまじまじと見るが、向こうは表情を全く変えない。
少女が疑問に思っていると、急に周りの気温が冷えたように感じられた。
さっきまで背にじわじわと焼き付いていた熱も今は失せている。
後ろを振り返ると、先程まであった炎の牆壁がパタリと消えていた。

少女は何が起こったのか分からず茫然としている。
暫くして意識を戻し、急いでまた後ろを振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。


(…誰、だったんだろう?)


少女はひどく混乱していたが、同時に燻っていた好奇心がムクりと顔を出して、唾を呑む。


(――今なら、確かめられるかもしれない…!)


少女は知欲に負けて、突然拓けた外界への門を潜ってしまった。



* * *



踏み出したその先に広がるものは虚無だった。
ここには優しく照らす陽光も、生い茂る草木もない。
不気味に光る月と止むことを知らない砂嵐、冷たい空気がチクチクと刺すように迫った。
こんな場所であの人間たちは暮らしているというのか。
自分には此処は寒すぎる。早くあの温かい陽だまりの元へ帰ろうと踵を返すが、少女は眼前に広がる光景に愕然とした。


「そんな…炎が……っ」


元来た道は聳え立つ炎で埋め尽くされていた。
少女はそこで自分がとんでもない過ちを犯してしまった事を悟った。
急いで傍に駆け寄るが、あまりの熱さでこれ以上は近付けない。
先程会った異形の人物が居ないか周りを探るも人影はなく、少女はその場に頽れた。

少女の世界は広がったが、知識を得た代わりに手に入れた物は絶望だった。
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