□馴れ初め
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馴れ初め





薄暗い路地裏、月明かりを頼りに駆け走る男が一人。


「はぁ、はぁ……ッ」


ひたすら走る。

止まることなんて許されない、止まってしまったら自分は殺される。

必死の思いで土方は暗い道を走る。


何故ひたすらに走っているのかは、事の始まり、一人でパトロールをしていたら真選組を恨む攘夷志士が数人数で一人の時を狙ってきたからだ。

いつもなら数人数でも負けないって自信満々に言えるが珍しく熱があったのだ。

普段から体調管理に気を遣っているので体調を崩すのは珍しく、土方は沖田の呪いだと秘かに本気で思っている。

走り動く内に熱が高くなり始めたのか目眩や頭痛がして不覚にも土方は斬られた。

肩口を少し深く斬られたのか、目眩や頭痛が激しくなる、武士として敵に背を向けるのは抵抗があったがこんな所で死んでたまるか、と背を向けて走る。


走っても走っても追ってくる。

いい加減、限界がきた。
息が荒くなり肩口の傷の血が固くなる。

土方が限界だ、そう感じた時、茶飲み屋に出た。
ふと茶飲み屋に目を向けるとそこには一人の男が座っていた、その男には見覚えがある。


鬼兵隊総督・高杉 晋助。


女物の派手な着物を粋に着て、その上に黒の無印の羽織を羽織り、煙管を吹かして此方を見ている高杉がいたのだ。

土方は危うい状況にも関わらず、なんで過激派攘夷志士の大物が普通に茶飲み屋に居るんだよ!と内心ツッ込む。

けどそんなこと考えている暇はない、完全に絶体絶命じゃないか…後ろから敵が来てんのに前からもかよ、しかも大物!

捕縛したいがこんな傷があれば死に急ぐだけ。体調が万全だったら今すぐにでも斬りかかっている。
土方が色々と考えていると追っ手の足音が段々と近づいてきた。


「……ッ」

どうしたものかと、土方が焦って向後に目をチラつかせる。


「追われてんのかい?」

不意に向後を気にしていると前から薄笑を浮かべている高杉が首を傾げて声をかけてきた。

何がそんなに楽しいんだよ!ニヤニヤしてんじゃねェよ、チビ!と怒鳴りたいのだが土方にそんな元気はないし、熱で侵されてる所為で敵にも関わらず頷く。


それに高杉が小さく笑うと、徐に長椅子から立ち上がり土方の方に近付いてきた。

斬られるのかと身構える土方だが、高杉は自分の羽織を脱いで土方に被せた。

何するんだよ!と土方が口を開こうとしたが、茶飲み屋の長椅子に押し倒されて叶わなかった。


「なっ……」

「しー…」

驚きに目を見開く土方に高杉は色っぽく人指し指を口元に持っていくと笑った。

その仕草に同じ男だというのに何故か頬を赤くさせてしまった。


その直後に先程から出てきた所に追っ手の攘夷志士が現れ、すかさず此方に近付いてくる。

どうするつもりだ、と土方が高杉を見上げると何故か顔が近付き、あっと思う内に口付かれた。


微かに酒の味がした。


たっぷり10秒固まるがギョっと慌てて肩を押し返そうとしたが、高杉の口付けは止まることなく更には口を割って舌が入ってきて中を弄ばれる。


「んふぅ…ッ…ん、」


中々巧い、と素直な感想を内心述べる。

いや、同じ男に口付けされるなんてはっきり言えばショックだ、しかも敵に。

でも巧い、口の隙間から自分のモノとは信じがたい甘い声が出る。


「ん、んッ…」

土方が次第に神経を高杉に集中させていると此方に近付いてきた攘夷志士が聞くだけ無駄だというように舌打ちすると走り去って行く。

走り去っていった攘夷志士が消えたと確認した高杉は唇を離した。
離した時、高杉との間に糸が妖しく引いていくのを、それを眺めた。


「ふっ…気持ち良さそうだなァ…」

高杉は身を上半身だけ起こして、俺を愉しそうに見下ろすと頬をゆっくりと撫でられた。
確かに気持ち良かったが敵に口付けられたのは気分良くない。

高杉を下から睨むと更に愉しそうに微笑む。

なんだこいつは…、と思った。

機嫌がいいのか知らないが指名手配書には、狂気並みの危険な雰囲気を放っていたし、こんな風に誘うように笑わせねェし…、色っぽい雰囲気じゃなかった。

というか、ハッキリ言ってヤクザの頭じゃね?


今目の前にいるこいつは完全に色男じゃねェか…。


「…俺ァ…今機嫌が良い、」

「……見れば分かる」

「ふっ…ちょっと寄ってけや…傷、処置してやるよ、熱も高いしな」

高杉はそう言うと俺の意見とか気にしないで軽々しく抱き上げた。

人生初めて…姫抱きされた。


抵抗しょうとしたが熱で頭がボーっとして無駄に終わった。
結局抵抗も何も出来ず、されるがままになって高杉の隠れ家である和屋に着いてしまった。

真選組副長としてどうなんだよ…。

敵に背を向けてシッポを撒き、あげくに捕縛も出来ず敵地に来て助けられてる。

……情けねェ、泣けてきた。



そんなことを考えている俺をお構い無しに高杉は奥の部屋に運ぶと、常に布団が敷いてある寝床に下ろして水とかを用意しに部屋を出た。


その間、回りをキョロキョロと見渡す。
物とかなくて殺風景だが落ち着くな、そう思っていると高杉が水と包帯やタオルを持って戻ってきた。


「傷を見せろ」

素直に傷を見せるのは何か癪だったが、そのままにはしたくなかったから素直に隊服とシャツを脱いで肩口の傷を見せる。
血のにおいが部屋中に充満して鼻を掠める、けど高杉は斬傷を見て嬉しそうに笑った。


「こりゃまた、派手にやられたなァ」

「……嬉しそうにだな」

「ふっ…俺ァイカれてるんでね」

土方は呆れたような眼で、自分で言うか?と高杉を見て思う。
そんな視線も気にせず、高杉は土方の肩口に顔を近付けると傷をチロッと舐める、その時に小さな痛みが走り眉間に土方は皺を寄せた。

それでも高杉は止めることなく、土方の目を見上げると、その眼は妖しく揺らめいていて犬のように斬傷を舐める。

何がしたいんだよ、こいつは…。


「痛ェ…」

「…悪ィ悪ィ、美味しそうだったもンでな」

高杉は口元についた血を舌舐めずりすると俺にキスをする、しかもディープ。


「んッ…」

キスをしている間にも、高杉は傷を水で念入り拭く。
拭かれる度に激痛が走るが、キスに神経が集中してるからか、最小限の痛みしかない。


「……ん、ふぁッ…」

唇が離れた頃には傷の手当てが終わっていた。その慣れた手先にやはり感心する。


感心しながらも、キスの訳を冷静に問い掛ける土方だ。

「……お前は男好きなのか」

「ンな訳ねェだろ、むさ苦しい男は嫌いだ」

「むさ苦しい男じゃなければいいのか?」

「それも嫌いだ…男に口付けするなんて反吐が出るがお前は好きだぜ?」


そう言ってまたキスをしてくる。

普通、というか常識に考えれば男にキスされるのは一般的にも可笑しいのだが、土方は相当熱に侵されてるため自ら高杉の首に腕を回した。


「…物好きな野郎だな」

「お前もな」


高杉は酷薄にふっと笑う。

土方も笑うと高杉を抱き寄せて二人して寝床に倒れ込んだ。





















ヤってしまった…。


土方は生まれた状態のままでズキズキと痛む腰を撫でながら項垂れて泣きたくなった。


なんて事だ…、信じらんねェ…。


「よォ、起きたかァ?」

窓辺に腰を掛け、煙管を口に加えながら腰の激痛の原因である高杉が首だけ此方に向けて楽しそうに笑う。

いや、お前の所為だからなっ!と叫びたくても腰と喉が痛い。

叫べない代わりに恨めしくギッと睨むがそれでも高杉は楽しそうに笑うから、勢いに任せて枕を投げ飛ばすけど、ひらりと避けられた。

当たらず、当てもなく落ちる枕に土方はむぅ…、と子供みたいに口を尖らせると高杉は何故か優しく笑い、土方に近付く。


「傷は?」

「大分、良くなった」

土方は肩口の傷を包帯の上から撫でながら、その顔を見上げて答えた。

傷は元々そんなに深くないため、無茶な動きさえしなければもう大丈夫だ。


「そうかい」

優しく頭を撫でられてガキじゃねェ、と内心不満に思う土方だが余りにも高杉の手が心地好かったから猫みたいに擦り寄う。

それに高杉は微笑む。


「風呂に行こうか」

「……動けねェけど?」

「俺が責任持って運んでやるよ、滅茶苦茶にヤったのは俺だしな」

「ちゃんと分かってんじゃねェか」

感心感心とパチパチと掌を叩く。
それに高杉は気を悪くすることなく、土方をを昨夜のように抱き上げる。

土方は大人だ……、とつい思ってしまった。

いや、だってバカにされれば多分というか、絶対に俺はぶちギレて吠える。

うんうんと一人納得して頷いていると高杉が怪訝そうに見下ろしてくる。

そんな高杉になんでもないと伝えると高杉は再び前を向いて歩く。




風呂場に着くと、高杉は一旦土方を下ろして自分の着流しをするりと脱ぐ。


「お前も入るのかよ」

「別にいいだろ、というか面倒なんだよ」


自分を抱き上げながら風呂場に足を入れる高杉を土方は見る。

昨日から思っていたが高杉は細身のくせに、ちゃんと筋肉や筋がついている。
じーっ、と身体を見つめる俺が可笑しかったのか、高杉はただふっと笑うと動けない俺の変わりに身体を洗う。

優しい手つきで肩口の傷に触らぬように髪、身体をゆっくりと滑らすその手がくすぐったくて身を捩る。


「ん、ちょっ…ふふっ、くすぐってェ…」

「何感じてンだよ…」

「や、違っ……あッ」

首筋をつーッと手が滑った時、昨日の事情みたいに身体に刺激が走ってつい声を上げてしまう。


「…敏感な身体だな」

高杉はそう言えば泡など洗い流して俺を抱き上げて湯船に浸かる。


「…は、ァっ……、」

「…ふっ…」

高杉の足の間に座り背中を預け長い息を吐く俺を薄く笑いながら片手を俺の腰に回して頭をゆっくりと撫でられる。

うん…、気持ちいいな…。


目を瞑って身体の力を抜く。

最近ずっと見張りやら将軍の護衛及び子守りをしていた所為でろくに休めていない。
唯一休める屯所でもいつどこで総悟に命を狙われているのか分からない為、気を休める暇がない。

だから久しぶりにゆっくりと休めたと思う。


苦労の日々に浸っていると高杉が
柔らかい声で囁いた。

「随分と疲れているようだな」

「んー…まぁな…」

俺の肩に何度もお湯を掛けながら高杉が労るように言うから、それをきっかけに俺は口を開いた。


「…下にいる部下の総悟って奴によ、なんか舐められてんだよな、命は狙われるし仕事はサボるし…」

「かまって欲しいんじゃねェのかい?」

「それならまだ可愛いもんだが、この間なんかな…、」




と、愚痴を散々溢す。

機密情報等は一切漏らさず、最近思っていた愚痴を高杉に話すと土方は少しずつストレスを発散し、妙に気分が軽くなった。

日頃から俺を労る奴は居なかったしバカ供は仕事を増やす始末だし…俺の話を黙って聞いてくれた高杉に少なからず感謝した。


「あー…スッキリした」

「それは良かった」

一通り愚痴を言い終わって満足な表情で腕を伸ばす土方に高杉は土方の背中と膝裏に手を差し入れると抱き上げた。

もう上がるのか?と高杉を見上げると前髪の上から額にキスされる。


「…お前、女の扱い慣れてるだろ」

土方がその高杉の慣れた仕草に顔をしかめる。

しかし高杉はただ薄笑を浮かべて土方の身体を拭き、自分の身体も吹くと先程の部屋に向かう。


口数の少ない野郎だ…。

だが土方はそんなことも気にならず、逆に好みだった。恋愛的な意味ではなく、人としてだ。何故か気まずい思いもせず、安心出来るのだ。


部屋に戻ると高杉に手伝ってもらって包帯を巻き直して黒の隊服に着替えた土方を高杉は数分無言でじっと見つめたが、宿の外まで送る。


土方が宿を背後に立つ高杉を見つめて小さく挨拶をする。

「…じゃ、な」

ちょっと名残惜しそうになるが、真選組に帰らなければならない。


高杉も名残惜しそうな表情をして土方の頬に触れてから口付けられる、土方はそれを黙って目を瞑って受け止めた。


「……息が詰まりそうになったら、ここに来な…またいつでも話を聞いてやる…」

高杉が土方の耳元に口元を寄せて囁いた言葉を土方は頭の中で反復した。



――また、会える…。


土方が頷くと高杉が優しく笑った。

土方も、つられて笑う。








end

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