読
□今にとって、大事な人
1ページ/1ページ
今にとって、大事な人
両親が不幸の交通事故に合って、5日が経った。
まだ高校生に成り上がったばかりの俺には独りで葬式や色々な手続きやら書類やらを任されるには幼すぎた。
だから両親の親戚や従姉たちが代わりに全部やってはくれた。
けど、独りになった俺を誰も引き取ろうとはしなかった。
¨可哀想に、辛いけど頑張ってね?¨と優しくする癖に内心は何とも思っていない大人達。
独りの俺を誰が引き取るのかと目の前で大人達が言い争っているのを冷めた気持ちで眺めていた時、騒然としていた場にその人が現れた。
『――――…お前が十四郎?』
いきなり現れた男に親戚の大人達は驚くが男はそっちのけで俺の前に悠然と立ち、座ってる俺を見下ろして低い声で問い掛けた。
立っているだけでこの人が纏っている威圧感が漂う。
『―――…は、い…』
この人、誰だ。
不審がって疑問に思っていることが顔に出ていたのか、男が大胆不敵にフッと酷薄に笑った。
『―――…高杉晋助だ』
高、杉……晋助……。
不覚にも、この時、俺はこの人の顔から目が離せなかった。
**
高杉晋助、基晋助さんは俺より十才年上の人で昔から両親とは仲の良かった親友らしい。
顔立ちはホストより上品で綺麗なのにケガをしているのか左目を眼帯で覆い隠し、唯一覗く細長い翡翠の目はキツく鋭い。
黒のブランド品のスーツがよりこの男をホストと思わせる、体は細いのに体格のいいことがスーツの上からでも分かる。
そんな晋助さんが俺を引き取ったのは両親にもしも何か遇ったら俺を引き取る約束を俺が産まれる前からしていたらしいからだ、だから今回両親が他界した俺を引き取ったのだと。
…そんな先のことまで両親は俺の為に考えてくれていたのか……。
こんなに早く他界するのなら、もっと色々と話せば良かった…と新しく俺の帰る家となった晋助さんの高級マンションの自宅の中で促されたソフアに座りながら気持ちが沈んでいると頭に重みのある温もりを感じて顔を上げる。
見上げると初対面の時と違って、迫力とか威圧感を感じさせる鋭い目付きではなく、物腰の柔らかい目で俺の頭を撫でる男。
その柔らかい表情に一瞬、この間まで優しい笑顔で微笑み掛けてくれた両親を思い出して目頭が熱くなり掛けたが目を堅く瞑ることで我慢する。
何故この男が優しく微笑み掛けてくれるのが分からない。
「……まず、お前がやるべきことがある」
相変わらず低い声で男は俺の頭を撫でながら言い聞かせるように呟いた。
俺はそれを黙って聞く。
「……泣け」
「……っ!?」
いきなり何を言うんだ、と顔を上げて目を見開くが男は変わらず微笑ンでいて、ソフアに座っている俺の目線に合わせて膝を折り曲げてしゃがむとぎゅっと抱き締められて背中をポンポンと軽く叩きながら続ける。
「何を我慢してンだ、お前は泣いていいンだよ。悲しいならちゃんと泣け、ここには俺とお前しかいねぇンだ、無理に大人になろうとしなくていい…お前の両親は傍にいねぇが今からは俺がいる…不安だったよな」
「………っ…、」
両親が死んでから葬式には一度たりとも涙は流していなかった。
こんな時に泣いていられない、これからは一人でしっかりしないと、と意地を張って我慢していたのだ、なのにこの男の腕の中が余りにも暖かくて目から熱いものを感じて目の前が霞むし、喉に何かが引っ掛かったように上手く呼吸が出来ない。
そんな俺の前髪を掻き上げて男は額に軽くキスをするとまた強く抱き締められる。
そして―――…、
「……お前はもう俺の家族だし、俺はお前の家族だよ…」
その言葉で我慢していた涙が溢れ出した。
途切れ途切れに嗚咽を上げて泣くが男は黙って背中を撫でたり、時たま目から出る涙を唇を寄せて拭き舐めたりとしてくれた。
今まで我慢していた悲しいのとか、後悔とか色々と混ざった感情を涙と一緒に流す。
本当はもの凄く不安だったのだ、俺は一人っ子だし両親の従姉とか親戚と特別仲が良い訳でもなかった。
しかも皆が俺を引き取るのを嫌がっているのを敏感な俺は空気で感じたのだ。
だから何も言えず、かと言って一人で生きると言いたくても俺は世間の社会をまだ知らない子供だ。誰に引き取られるのかただ黙って見届けるしかなかった。
――――でも、
「お前のことは俺が両親の代わりに命を懸けて守るよ…」
「……っ、うっ」
だから…こんな風に抱き締めて俺を受け入れてくれるこの腕が嬉しくて、また泣いた。
この時からこの男…晋助さんは俺にとっては肉親とは別のかけがえのない大切で特別な人になった。
***
――――――、
あれから2年が経った。
「十四郎、起きろ」
「……んー、ンっ…」
晋助の声で十四郎はまだ眠い頭を無理矢理に覚醒させて目を微かに開く。
「起きたかよ、寝坊助」
ベットの端に座り未だ寝転ぶ十四郎を可笑しそうに見下ろす晋助に十四郎は居心地の良い声音に眠ってしまうのを我慢する。
「…し、助…さん…」
「ククッ…はよう、朝御飯準備出来てるぜ」
完全に覚醒しきれてない頭で名を呼ぶと晋助は笑って朝の習慣となっているキスを十四郎の頬と額に軽くする。
「ん…はよう…」
十四郎も身を起こして晋助の頬にキスをすると、起きたと確認した晋助は立ち上がってドアの方に向かって一度立ち止まって振り返る
。
「準備出来たら下に降りて来いよ」
「ふぁいー…」
腕を伸ばしながら欠伸混じりに返事をする十四郎を晋助は小さく笑った。
「…くす、可愛い奴」
そう笑いながら晋助は十四郎の部屋を後にした。
その背中を見送って十四郎は学校に行く準備や身支度を済ませて下に降りる。
テーブルの席に着くと、テーブルの上には晋助が作ったであろう朝食が並べられている。
一人暮らしの為か晋助の作る料理は美味しくレパートリーも様々だ。
十四郎も親の家事を手伝っていたから料理は出来るものの晋助には遠く及ばない。
それでも晋助は十四郎が晋助の為に料理を振る舞ったり、家事を手伝うと必ず褒めてお礼を言われるのだ。
その度に十四郎はちょっとこそばゆくもあるが嬉しかった。
いつものように手を合わせて揃っていただきますと声を合わせる。
美味しいと晋助に笑い掛けながら十四郎は口の中の物をよく噛み、味を噛み締めて呑み込む。
晋助はそんな十四郎をコーヒーを飲みながら微笑ンで見つめる。
いつもと同じ朝である。
二人は親子とは見えないものの、元々他人とは思えない程、息や言動など息ピッタリである。
互いの考えている事は分かるし…、と言っても十四郎は時たま晋助が考えている事が分からない時もあるが、お互いを熟知していた。
だからなのか、二人は他の親子や親友などに比べるとそれよりも分かち合っている。
ただ十四郎は晋助に対して不満がある。
何かというと自分のことを晋助は自分よりも熟知しているのに自分は余り晋助のことが分からないからだ。
一応、高杉晋助という人間は熟知している。
だが晋助の深いとこが未だ知らないし探ろうにもゆらりくらりと翻弄される。
一声聞けば直ぐにでも教えてくれるだろう。
なら何故聞かないのかというと、十四郎は自分自身の目で晋助を知りたいからである。
晋助という人間を知るには遠い月日が掛かるが十四郎は少しずつ分かってきた。
「ごちそう様、今日も美味しかった」
「ん、お粗末様。後少しゆっくりしたら出掛けるぞ」
「分かった」
立ち上がり、食べ終えた皿を重ねて持ち上げて言う晋助に十四郎は頷き自分も立ち上がると、残りの皿を重ねて晋助の後を追う。
何も言わずに家事を手伝うのは二人にとってもう暗黙の了解で当たり前のことである。
片付けや準備を終えれば二人は家で出る。
向かうは、十四郎の学校。
続き
多分、続きます。