読
□鮫のお願い
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今日は先週から立て続けに降っていた雨が止み、久しぶりの晴天にXANXUSとスクアーロは気分転換にとデートへと出掛けた帰りだった。
久しぶりに任務や会議とか関係なく二人きりの外出にスクアーロは年甲斐もなく喜び、昼前に出掛けたというのに余りの楽しさにヴァリアーのアジトに帰宅するのが遅くなってしまった。
恋人みたくデートするっていうこと事態が信じられないくらいでここ数年でやっと慣れてきたスクアーロだ。
時計の針が11時を差した頃になって二人は最上階にあるXANXUSの執務室の奧にある寝室へと引っ込んだ。
1日の疲れを取るようにXANXUSが先にシャワーを浴び、スクアーロは寝る準備を整え終わってからソファに座っていると浴び終わったXANXUSが浴室から出てきた。
肌触りのいいタオルで頭ごと髪をガシガシと適当に拭いているXANXUSを横目に今日の楽しかった思い出を振り返っていると、ふと、公園を通り掛かった時に見掛けた家族連れの姿を思い出してスクアーロは一瞬表情曇らせた。
幸せそうで笑顔が眩しかった。
子供が母親と父親の手を引っ張りながら早く早く!と急かしながら嬉しそうに頬を綻ばせていた。久しぶりに親子揃ってのお出掛けなのだろう。母親と父親は落ち着きなさい、まだ時間はいっぱいあるのだから、と待ちきれない子供を嗜める。それでも両親の表情は優しく柔らかかった。
ソファの背凭れに左腕を置き、そこに顎を乗せて何となしに呟いた。
「……俺が、お前の子供を産めたらなぁー…」
何気なく呟いたスクアーロの言葉を拾い上げたXANXUSは濡れたタオルを頭から取って無造作にソファに投げ捨てた。
「……俺のガキをか」
まさか聞き取っていたとは思っていなかったのか、スクアーロはきょとりと瞬いておずおずと頷いて答えた。
「あぁ、絶対に可愛いンだろぉな!お前に似た黒髪に紅い瞳だろぉ?男でも女でもいいな……何で俺、男なんだろ…」
スクアーロはXANXUSの似た子供を思い描いてうっとりと呟き、そしてひどく残念そうに、重いため息を吐いてポツリと溢した。
別に、男に生まれたことを後悔してる訳じゃない。
主を守るのに、立派な剣士になるのに、男であることに満足している。女の体では特別製の特注した重い剣は軽々と振り回せない。ましてや、女では周りに舐められて無下に扱われるだけだ。
だけど、女のように柔らかくもない体を主が愛しそうに撫で、奧に孕みもしないのに主の遺伝子を注がれるとそれが勿体なくて女じゃないことに落胆するのだ。特別な主の遺伝子を無駄にしているような気がしてならない。
落ち込むスクアーロを一瞥してXANXUSは考える素振りをみせてから呟いた。
「………なるか」
「え?」
意図が分からずスクアーロはすっとんきょうな声を上げてXANXUSを見る。
しかしXANXUSは何も言わずベッドの横にあるサイドテーブルの引き出しを開けてその中から普通の拳銃よりも些か一回り小さなリボルバー銃を取り出すとスクアーロの側まで行ってそれをテーブルに置いた。
「あるぞ、女になる銃が」
「…な、ンで…そんなものが……」
ゴトッと無機質な音をたてた銃を凝視してスクアーロが驚きに目を見開いた。
「…俺は誰とも身を固めるつもりはねェ。こらからもだ。それをみかねたガキが随分と前に寄越しやがった…お前用だ」
見下ろしながら言うとスクアーロはバッと更に驚きを隠せずにXANXUSを見上げた。色素の薄い目が戸惑い揺れているのが見て取れた。
「剣士であるお前の誇りを思い、一生使うことはねェと踏んであることを黙っていたが……どうする」
「ぁ、……ど、うする…って…」
急なことにスクアーロは動揺して視線を左右に揺らしてどうしたらいいのか考えられずに困惑していた。
もし自分が女だったら主の子供を産みたいとは思っていたが実際に女なって産めるとは思っていなかったからなんの考えも覚悟もしていないスクアーロはどうすると問われても直ぐに何も答えられなかった。
「……無理に使うことはねェ、元々使用することのなかったモンだ」
ぐるぐると目を回しそうな勢いで考えあぐねているスクアーロを見下ろしてXANXUSはため息を吐いて置いた銃を取り上げる。引き出しの中へ戻そうと踵を返そうとしたら剥き出しの腕を掴まれた。
「……お前の…」
「あ?」
掴まれた腕を見下ろし、肩越しに振り返るとソファから身を乗りだしたスクアーロがXANXUSを見上げて必死な表情をしていた。
「お前の子供を産んだら、俺はお前から離れなくて良いか…?ずっと一緒で…愛人の所にも、行かないで…くれるのか…?」
「……何を言っている」
体ごとスクアーロの方へ向きを変え、切羽詰まったようにXANXUSに詰めるのを訝しげに見下ろすと何かを堪えるように眉間をハの字にして俯いた。
「そしたら……女になったら、俺だけを…」
XANXUSは何も言わずにただスクアーロを見下ろす。
これがそんなことを言うとは思っていなかった。
何かしら本部からの命令で名のあるファミリーの娘と食事をするだけで「あの女なら大丈夫だぁ、結婚してもお前を受け止めてくれるぜェ!」とお前は俺の母親かと思うくらい煩くそろそろいい年してンだからいい加減身を固めろぉ!と喚いてたクセに、これはどうゆう変化か。
それともまさかこの鮫が本当は女と消えるのをイヤイヤ見ていたというのか。
怒りもせず文句も何も言わず、逆に余計なことしか喋らず此方を毎回という程苛立たせてたのに本当はイヤだったのか。
ずっと、我慢をしていたというのか。
この鮫が。
「………XANXUS…」
何も言わないのに不興を買ったと不安に思ったのかスクアーロはソファから立ち上がってXANXUSの手を遠慮がちに触れてきゅっと握った。
まるで捨てられた猫のように所帯無さげに名を呼んでくるモンだからXANXUSは軽くため息を吐き、握られた手を強く握り返した。
「お前だけだろうが…俺がこんなに傍にいることを許したのを、ずっと抱いているのも」
「っ…だって、それは愛人の所に行くのが面倒で…」
「それでも毎日同じ相手を、しかも男を抱いたりするか」
納得がいかないようで二の句を紡ごうとするのを遮ってやる。
面倒だからって大して柔らかくもない体を誰が好き好んで抱くか、俺はソッチの趣味はねェ。本当に面倒ならアジトに呼べばいいだけの話だ。
この煩い鮫が良いから飽きもせず毎日抱いているというのに、この鮫は本当に何も分かってちゃいねぇ。
「……俺だけ、かぁ…?」
それでもまだ疑っているのかスクアーロは真っ直ぐにXANXUSの紅い目を見つめた。
XANXUSがスクアーロのことに対してこんなことを言うのは初めてといえる為、冗談ではないのか、嘘ではないのか直ぐには信じられないのだろう。
「…くどい、2度言わせるな」
好きだと本人に向かって本音を言うのはXANXUSにとって初めてでまるで青春をしている青臭い中学生になった気分だ。直視出来ず照れてプイッと顔をスクアーロから反らした。
怒りで誤魔化して殴らなくなったようになったまでに少し丸くなった。それほど長年一緒に過ごしてきたのだ。
「XANXUSっ…!嬉しいぜェ…!」
やっと信じたのか、スクアーロは口許に笑みを浮かべてXANXUSに勢いよく抱き付いた。それを危なげもなく抱き止めて僅かに目端に涙を浮かべているのを見下ろしながら「産むか」と問い掛けた。
XANXUSは自分の遺伝子を残すのが嫌いだった。
だから女を抱いても中には出さずいつも外に出した。ボンゴレの血が一つも入っていない血なんか残してどうなる、自分の血など跡形もなく消えてしまえばいいとさえ思っている。
しかし、それは昔の話で今はそんなことは思っていない。
この鮫が家柄、人格、血など関係なく己の全てを愛していると言ってからは。
お前がイカれた娼婦の女の生まれであれ、ボンゴレの血が入っていなくてもXANXUSがXANXUSであれば良いじゃねェか。別に何にも問題はねェよ、どんなお前でもXANXUSなら俺は関係なく愛しているぞぉ。
そんなに拘る必要はねェよ、とニカッと言われた時、ストンとその言葉が胸に落ちた。
ブラッド・オブ・ボンゴレの血が入っていないXANXUSではボンゴレを継ぐことは不可能と知っていた筈なのに見限りもせず8年も待っていたスクアーロの言葉には説得力があった。
ボンゴレを継ぐ為に周りが夢中になっている遊びも友人と呼べる者も作らずそれらを捨てて立派になる為にひたすら努力してきた。
それを簡単に言うな!とXANXUSは怒ったかもしれないがアルコバレーノ戦の前に流れてきた未来の記憶を視た後ではボンゴレにそこまで拘ることはなかった。
拘ることはなくなったが相変わらずボンゴレを愛しているし強さを求めているからあまっちょろい沢田のガキが気に食わない。今はヴァリアーを優先しているたけだ。
スクアーロがXANXUSの為に取ってきたこのヴァリアーを。
遺伝子である子供にも嫌悪感を抱かなくなったのもスクアーロがそれを愛してくれるだろうと分かっているからだ。その子供の母親がこの鮫ならばなお良い。
来週には俺の誕生日だ。まだ時間はたっぷりあるというのにルッスリーアとレヴィは既に大騒ぎしている。誕生日プレゼントはこの鮫との結晶で十分だ、それに優男の種馬と日本の若い燕の牽制になるだろうしこの鮫もフラフラしないで直ぐに手元に帰ってくるだろう、良いことだ。
XANXUSはこれからのことを思い浮かべて薄ら笑みを浮かべる。
スクアーロはXANXUSの考えてることをいざ知らず抱き付いている体を少し離すとじっとXANXUSを見上げて口を開いた。
「XANXUSとの…子供が欲しい…」
生身の右手をXANXUSの傷がある左頬に添えて優しくそっと撫でて改めて欲しいことを口にする。
それをXANXUSは左手でその手を上から包んで顔を少し動かしてずらすと、ちゅっと掌にキスをした。
「分かった…」
覚悟したスクアーロの目を見てXANXUSは頷き銃を持ち直した。
「XANXUS…我儘でごめんなぁ?」
「フン、テメェが我儘なのは今に始まったことじゃねェ、昔からだろ。今更だ」
安全装置を外して中の弾を確認する。
「うん…いつも文句を言いながらも許して叶えてくれるモンなぁ、今回のことも…Grazie.」
「…気紛れだ」
弾を確認して戻すとカチャと撃鉄を起こす。
そしてスッ…と腕を持ち上げて照準をスクアーロの額に合わせた。
「ふふ…お前はやっぱり世界一良い男だなぁ!!」
スクアーロが大きく口を開けて嬉しそうに笑って言った。
XANXUSはフッと笑い、トリガーに指を掛けてゆっくり引き、
「本当…恥ずかしい奴だな」
バンッ!!
大きな爆音をたてて弾がスクアーロの額へ放たれた。
【鮫のお願い】
end