【カオス企画SS】
□「花言葉。」
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「花言葉」
『―――花言葉をご存知ですか?』
僕――夜神月が、流河旱樹と言うアイドルと同姓同名のふざけた名前の男に出会ってから二週間程経った頃だった。
当初、まるで親友同志であるかのように常に一緒にいる僕達を、見た目も中身も正反対のタイプの所為か周囲は好奇心一杯の目線で見ていたが、この頃には辺り前のように受け止められていた。
が、実際は相変わらず二人の間には越えようの無い深くて暗い溝がある。
例えどんなに仲が良さそうに見えたとしても、それは表面上のこと。
それはお互い十分に分かっていた。
「…あれ?」
僕は思わず声を上げた。
次の講義の為にそろそろ移動しようと、開いていた本の間に挟んでおいた栞を探すが見つからない。
探しても見つからないので、どうやら気づかぬ内に何処かで落としてきてしまったようだった。
「困ったな…」
何ページの何行迄読んだかなんて勿論覚えていられるのだけれど、栞を挟むと言うのは幼い頃からの習慣だったので何となく落ち着かない。
取り合えず、余分に持って来ているものを出す為に鞄を引き寄せようと手を伸ばすと、「どうぞ」と目の前にそれを差し出されたのだった。
僕が無言で相手を見返すと、
「夜神君が探していたのはこれでしょう?」
そう言って流河は更に僕の手に押しつけてくる。
…確かに流河が手に持っているのは栞だったが、
「これは僕のじゃない」
「私のものですが、同じ栞ですから」
良く分からない論理だ。
出来ることなら遠慮したかったが、流河との友情ごっこを演出している以上、この親切を断るのは不自然だろう。
内心舌打ちしたい気持ちでいつつも、こんなもの借りにもならないさと自分に言い聞かせ、ありがとうと受け取った。
「…随分、女性が好みそうな栞だな…」
――その栞には押し花が挟まれていた。
上品な薄紅色の和紙で出来ており、花弁の白さを際立たせている。
間違っても大の男が持っていそうなものでは無い。
こう言うものが好きなのか…と、意外な心持ちで眺めていると、あることに気づいた。
「―…?桜、…じゃないのか」
桜だと思っていた押し花をよく見ると、色も形も良く似てはいるが見知っている桜とは花弁の形が違う気がする。
と言っても、僕とて全ての桜の種類を網羅している訳では無いのだけれど――栞から微かに漂う香りが、つい最近までそこら中で咲いていた桜の匂いとは違う気がした。
「…良く分かりましたね。
ええ、林檎の花です。
――桜に良く似ているでしょう?
同じバラ科の植物ですから。
開花は桜から少し遅れた4月中旬頃からで、今が丁度見頃ですよ。
それは今年の花で、私が作ったんです。
…中々綺麗に出来上がっているでしょう?
林檎の花は、蕾の時は鮮やかな赤紫に近いピンク色をしているのですが、開花の時には白い…」
滔々とうんちくを垂れる流河を尻目に、僕は改めて栞に視線を落とした。
薄く漉かれた和紙に白い花弁がうっすらと透けて見える。
押し花に花の匂いが残ってる筈も無いから…この匂いは和紙に直接染み込ましてあるのか。
――随分、風流なことをしている。
「初めて見たよ」
「……。実の方なら兎も角、花は関東では中々見る機会は無いでしょうね」
「そうだな」
――そこで何となく会話は途切れ、次の講義の為に僕達は立ち上がったのだった。
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講義が終わり、無くした栞も――何故か鞄の中に入っていた筈の余分も無かったが、代わりになるものを見つけたので早速返そうと、
「用事があるから」
と先に席を立っていた流河を追いかけた。
「流河」
散ってしまったばかりの桜並木の下で追いつき声を掛けると、僕の手に握られた栞を目にした流河に先に声を掛けられた。
「夜神君」
「…なんだい?」
――そして聞かれたのだ。
「花言葉をご存知ですか?」
と――。