【カオス企画SS】
□「角砂糖」
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『角砂糖』
月が風邪をひいた。
「ゴホッ…―ッん…」
咳が止まらないようで、引っ切りなしにコンコンと咳込む彼の姿は普段の3割減の威勢の無さだ。
喋る元気も喉の調子も良くない彼が、今日起きてから言葉にしたのは、
「やっぱり風邪を引いたみたいなんだけど、…手錠は外さないんだろ?」
と、
「喉が辛いから返事は筆記か頷くのだけで勘弁してくれ」
だけである。
それも、咳を間に挟んだ酷い掠れ声でだ。
どれだけ私が予防をしても――24時間常に一緒では感染りそうな気がしてくる位、強力な風邪の症状に自然眉間にしわが寄る。
…全く迷惑な話だ。
かと言って手錠を外す訳には勿論いかない。
彼が“キラ”なら、私――“L”と離れると言う好機を逃す筈が無いからだ。
そしてそれは私達にとっても好機になる…とは限らない。
何故なら『手錠を外してすぐに誰かを殺す』等と言った自白に等しい行動を“キラ”がする筈も無く。
時期をもっと先に予定した(例えば死刑囚Aを3ヶ月後死亡等の)行動を取られてしまった場合。
…新たに人に移った“キラ”、もしくは真の“キラ”の行動と、月の“それ”を見極めるのは容易ではない。
それどころか彼が行動を起こさなかったとしても、それはこちらには分からないだろう。
月が『何か』をしたのでは、と言う疑心暗鬼の元に彼には分からないよう捜査を進めなくてはならなくなる。
と言う事は、今現在“キラ”として動いている者と月の捜査を並行して進めなくてはならない。
これでは精神的負担と実質的負担の両方が大きくなってしまう。
――私が今後病気になったと仮定した場合。
捜査に支障を来すかと言えば、それよりもっと過酷な環境且つ状況で捜査を進めた事もあるのだから大した問題ではない。
長いスパンで考えれば、私がそうならないよう手錠を外すのと、監視続行どちらが良いか。
考えるまでもなく後者に決まっている。
…それでも病人の傍に居続けるのはあまり楽しいものじゃない。
私は、滅入ってくる気持ちを甘い食べ物で浮上させつつ、表面的には無表情に椅子をくるくる回して遊んでいた。
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「…そろそろ休んだらどうですか」
夕食を終えて早々に、またPCに向かおうとする月にデザートに手を付けていた私は声を掛けた。
振り向いた彼は、食事の時だけ外していたマスクをつけ、喉にはマフラー防寒着といった格好だ。
この適温滴湿に整えられた空間には全くそぐわない格好である。
急に肌寒くなってきた外に外出するのだとしても、10月に入ったばかりでここまで着膨れた人間は居ないだろう。
おまけに、時々ぶるりと身体を震わし、頬も額も腫れているかのように赤い。
――悪寒に咳…発熱もしているな…
その上、食欲も大分落ちている。
風邪を引いた月用に、用意させたのは病人用のメニューだった。
体力回復には必須と本人も分かっているようで、無理やり食べていたようだが、それでも三分の一は残している。
熱に潤んだ瞳をこちらに向けて、ゆっくり首を振るとPCに視線を戻した月に、私はもう一度声を掛ける。
「倒れますよ」
それに対して、彼は手元で何かサラサラと書くとそれをこちらに向けた。
“後、もう少しで掴めそうなんだ”
「…今無理をしていたら後々に響くと思いますが」
それは得策ではない。
そう返す私に、筆記で伝えられた言葉は。
“分かってる。…でも、何かせずにはいられないんだ”
…視線を落とす彼。
自分の力の無さを嘆いているかのようなその表情。
今も“キラ”に殺されている人間がいるのに、病気だからと休んではいられない――とでも言いたげだ。
そんな彼の姿は、私のこの目で見ても演技には見えなかった。
『夜神月は“キラ”ではない』
彼を知る誰もがそう保証するだろう。
そして私の理性も推理の上でも、そう結論を出している。
…なのに。
――それでも、私の中で彼への疑いは消えはしないのだ。
私は微かに溜息を吐いた。
「程々に切り上げた方がいいですよ」
最後にそう声を掛け、私は彼に構うのを止めた。