小説(DEATH NOTE)

□無題。(完)
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  『無題』




「欲しかったものは永遠に失われた」




全身を黒い衣で包んだ少年は、頬に散る紅い飛沫を拭う事もせず、ただ流れ出る赤をじっと見つめ立ち尽くしていた。



――どくり、どくりと生命の流れ出る音がする。



揺り椅子に座る男の、己の胸を押さえる嗄れた手指の隙間から零れ落ちる色は、鮮烈な―――緋。


それはぽたぽたと地に落ちて、豪奢な絨毯を見る見る内に紅く染め上げ――吸い切れず、すぐ傍に立つ少年の足元に落ちる鈍色のナイフまで流れきて、赤黒い水たまりを作り上げた。




……己の生命が確実に失われていくのが“彼”には分かった。


彼――“L”であった、今は年老いた……ただの男。


死出に向かわんとする己を――石ころを見るかのように見下ろす双眸に、男がゆっくりと視線を合わせると、


「私達を選ばないなら、もう用は無いんですよ」


静かに冷酷な囁きが返された。
彼が死ぬことに一筋の感慨も無いと言わんばかりの、その声。


けれど、そう無感動に言い放った次の瞬間に表情をくるりと変え、


「もうてめぇは要らねぇんだ…!!」


一瞬前の、無関心を際立たせた流暢なキングスイングリッシュが嘘のようにスラングまみれの台詞に抑えきれぬ怒りを滲ませて。
叫びだしたいのを堪えているのか、両の拳を握りしめ低く唸る。

…それさえすぐに我慢出来なくなったのか、聞くに耐えない罵詈雑言を彼に浴びせかけた。

――だが幾らも経たぬ内にそれもまた変化し、憤怒の表情を悲し気な顔に歪ませると、たちまちその瞳には大粒の涙が盛り上がった。



ぼろぼろと、後から零れ落ちてくる涙で頬を汚しながら、血に塗れた手の平で顔を覆うと、


「僕達を…選んでくれると思っていたんです……だから、」


止められなかった――



男に向かって呟くように懺悔し、肩を震わせ少年は泣いた。

…年老いた男は、揺り椅子に腰掛けたまま少年に向かって黙って手を差し伸べた。

気配を感じたのか顔を上げた少年は、しかし頭を振り、また手の中に顔を伏せる。



真っ直ぐに肩近くまで伸ばされた艶やかな黒髪が、さらり、と頬を覆い隠す迄を見届けた後。


男は身体に響かぬよう、緩慢な動作でその手を下ろし――それでも走る激痛に、深々と嘆息した。

息を細く長く吐いて、痛みをしばしやり過ごす。



――傷は思いの外浅かった。

それは刺すことへの躊躇か、それとも苦しみを長引かせようと言う恨みからなのか。

どちらなのか分からない。


男は、知りたいとも思わなかった。





 
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