小説(DEATH NOTE)

□無題。(完)
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内蔵に達したナイフは、急所を外され、背中に達するような深いものでは無かったが、病魔に蝕まれた身体には致命的なものだった。


その程度には深く刺し込まれ、更にはそれを引き抜かれた上に――捨て置かれていたので。



無理に身体を動かした所為で、今すぐに話をするには多大な苦痛に嘖まれていた。

しかし、その痛みがこの後も治まることはあり得ず――流れ出る血と共に時間はもう僅かにしか残されていないことが分かっていたので、己の意識がある内にと男は口を開いた。

そして、


「……これはきっと私が望んでいたことなのだ」


そう、告げた。


しかし彼の言葉が確かに聞こえている筈なのに、彼を刺した少年は、顔を伏せたままぴくりとも動かない。


それでも、

「おまえの所為ではない…」


〈――この私の命が、今まで手掛けてきたような難事件、怪事件によって失われるのでは無く、ただ、老いと病に冒され消えゆくのが許せなかったのだ。
だから……〉


「おまえの所為ではないのだ……」

と、言い聞かせるように繰り返す。



――そう繰り返しながらも、それでも、と男は思う。

〈おまえにこの道を選ばせたことに贖罪の気持ちを確かに持ちながら、それでも――

後悔しておらぬ自分の…なんと罪深い業の深さよ――〉


掛ける言葉とは裏腹に、傲慢なほど自分勝手な自分の思い。

男は苦く笑みを浮かべようとしたが――胃からせり上がってきた夥しい量の血に阻まれ、叶わなかった。


「…ッぐふ…ッ」



咄嗟に噛み締めた唇の端から、勢い良く吐き出される生温かい血液。

心地よく暖められた部屋、己を包む上等のガウンの中にあって段々と冷たさを帯びていく手足。

急速に暗くなっていく視界。



――死に行く男を見つめる瞳は誰のものか。

何時の間にか顔を上げて男を見つめる少年の瞳の中には、先程の冷酷さも憎悪も――直前まで見せていた悲哀さえそこには無く。

ただ淡々と二人の間に横たわる静けさを見つめ続けている。


――少年は何を思うのか。

男が手元のスイッチを一つ押せば、ボディーガード達がすぐさま駆けつけることを、男は勿論、少年も知っていたが、男の指が動くことはなかった。


……また、少年も男がそうしないことを分かっているようだった。





 
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