魔法長編/星

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朝、起きる時間になっても布団から出たくなかった。十月に入り、寒さに拍車がかかっていたためだ。日本の寒さなんて比ではない。既に部屋の温度は冷蔵庫並。暖炉なんて素敵な物は、談話室にしかない。割りと暖かい地方で育ったリュウヤにとって、この寒さ対策は死活問題だった。この冬を乗り越える事が果たして可能なのか。それすら怪しい気がしてくるのだ。

「まだ寝てるのか」

「起きてますー出たくないんですー」

「………置いていくぞ」

「それは嫌!!」

仕方なしにモゾモゾとベッドの中で着替えはじめる。ワイシャツの上からカーディガンを着込み、その上からローブを羽織る。ただのカーディガンでも、保温性の優れたカシミア性のため、肌触りも着心地も素晴らしい。厚手の靴下を履き、ジジを懐に入れようとすると、にゅっと手が伸びてきた。

「ジジは置いていけ」

「何で!懐が暖かいよ!」

「可哀相だろう。色々な授業に連れていくのは」

「……セブルスがそう言うなら仕方ないな……」

渋々とベッドの上に乗せると、クリクリとした目で見上げてくるジジの頭を思い切り撫で回した。

「行ってくるね」

リュウヤの後にセブルスもジジの頭を軽く撫で、部屋を出た。




「それにしても寒いよな…」

「今からそんなで大丈夫なのか?」

「おれの予想では、十二月くらいには屍になってるはず」

大真面目に言い切ったリュウヤに、セブルスは溜め息をついた。今はまだ冬に入ってばかり。これからどんどん寒くなるのだ。セブルスは、ガタガタと寒そうにするリュウヤを見て、本当に死ぬかもしれないなと思ってしまった。


―――…


あの「お守りネックレスを投げ飛ばされちゃったよ事件」の後、巧妙な話術によって四人のサボり疑惑を完璧に払拭し、ジェームズとシリウスに罰則を決めさせるまでを華麗に誘導したリーマスとそれなりに仲良くなっていた。日本から送られてくるお菓子等をおすそ分けする程には仲良くなった。グリフィンドールのリーマスと仲良くするのを、セブルスはあまり好ましく思っていない様だが、友達の輪を広げたいリュウヤにとっては嬉しい限りである。
スリザリンの寮生ともそれなりの仲にはなってきた。始めは異物を見るような目を向けられていたが、最近は擦れ違えば挨拶をする程度までになった。それに比べてセブルスは、闇の魔術に詳しいらしく、異端児扱いをされていた。リュウヤからしてみれば、闇の魔術だろうが何だろうが多くの魔法を知っていることは凄いと思っていたため、あまり気にしていなかった。そもそも闇の魔術というものを理解していなかったため、善し悪しを決めかねていたのが事実なのだが。


放課後は図書館の奥で勉強するのがリュウヤとセブルスの習慣になっていた。授業が終わると一度寮に帰り、必要な道具と日記帳を兼ねたノートを風呂敷で包み、音の鳴らないお菓子を懐に入れて図書館に向かうのが常である。授業中に分からなかったところや、ちょっとしたコツなどを丁寧に教えてくれるセブルスには感謝しても感謝しきれない。セブルスは優秀で、魔法も上手だ。勉強に余裕があるためか、魔法薬学の本はもちろん、闇の魔術の本をしょっちゅう読んでいる。実際、勉強をしているのはリュウヤのほうが断然長い。元々の出来の違いを嘆くのは余りにも滑稽だが、少しぐらいは羨ましく思ってもいいだろう。

………それにしても、

「魔法史って全然面白くない」

小学校でいう社会がこれにあたる。織田がどうしたー豊臣がこうしたー等は、まあ興味が持てた。しかし、縄文時代など土器がどうちゃらこうちゃら等の内容はどうでも良かったというのが正直な感想だった。魔法史も同じ様なものだ。正直に言うと、最初の方の内容はどうでもいい。どーーでもいいのだ。魔法薬学や闇の魔術などが読み物に適しているならば、この魔法史というジャンルはどう頑張っても読み物として適しているとは死んでも言えそうにない。

「…つべこべ言わずに覚えたらどうだ」

「いや、分かってるんだけどさ?外国人の名前って覚えにくい。長い。ヤバい。それに加えて地名…!覚えにくい、長い、ヤバい…!!」

頭を抱えて「おれはどうすればいいんだー!!」と叫ぶと本で頭を叩かれた。セブルスの読んでいる本はいつも分厚い。つまり叩かれると重さが違うのだ。首にくる衝撃も。

「いっ……!!」

「うるさい!ここは図書館だぞ!」

「……だって、こんな端っこ誰もいないよ」

「声は意外と響くものだぞ」

「…はーい」

仕方なしに教科書を読み直し、ノートにまとめる。気を抜くと、羽ペンの先が羊皮紙に引っ掛かり、折角のノートを汚すのだから大変だ。どうして鉛筆じゃないのだろうか。ここに来て思った事は、魔法界って時代が遅れてるのか、という事だ。暖房ではなく暖炉(又は魔法)。鉛筆、ボールペンではなく羽ペン。再生紙でなく羊皮紙。マグルで普通に生活していれば当たり前の事が、ここでは普通ではなかった。
……まあ、格好いいんだけど

「……リュウヤ」

「ん?」

「……その、僕も」

教科書を追っていた目を、何やら言いにくそうにしているセブルスに移す。セブルスは、本のページの端を弄りながら眉間にシワを寄せていた。

「うん」

「……………日本語を、勉強したい」

すんなりと言葉が脳に溶け込まず、数回瞬きを繰り返す。セブルスが?日本語を?

「そ…!!」

思わず大きな声を出したリュウヤの口を慌ててセブルスが押さえる。二人共、目を丸くさせたが、ふっと力が抜けた様に笑った。セブルスがそろそろと手を離すと、リュウヤは小さな声で興奮を表した。

「それ最高…!いつからする?いつからする?うわあ、セブルスが日本に興味を持ってくれて超嬉しいよ!ヤバいヤバい!!」

「……そこまで喜ばれるとは計算外だ」

「これ程嬉しいことないって…!!」

「………そうか」

眉間にシワを寄せたまま、照れ臭そうにしたセブルスに、不思議な感情が湧き出て来たが、ソレが何か分からずに、ふにゃりと笑った。




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