魔法長編/星
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甘ったるい匂いで目が覚めた。それはセブルスも同じだった様で、眉間のシワがいつもよりも深く刻まれている。
「匂いヤバくない?」
「…ハロウィンだからな」
「………あー………」
リュウヤは、英国のお菓子に慣れきれずにいた。生クリームがデロッデロに塗りたくられたお菓子は甘すぎで気持ちが悪くなる。かろうじて食べれるのは、クッキーぐらいだ。フルーツケーキも食べれるが、食べ物として有り得ない色をした物まで乗っているのだから食べる勇気が湧かない。
いつも通り制服を着て、懐に煎餅を十枚程度入れる。空腹時に食べれる様にいつも入れている物だ。煎餅は、イギリスでも中々の人気だった。両親が、大きな箱に入った自家製煎餅を大量に送ってきた事があった。セブルスと二人では消費出来ないと、談話室にいる先輩達に「日本のお菓子ですー」と渡したのが始まりだった。ざらめ味と醤油味が一番人気だ。日本の「美味しい」は世界に通用するのだと誇らしく思う。因みにセブルスは、梅ざらめが一番気に入っているらしい。流石セブルス。通だなあ……
ようやく一人で出来るようになったネクタイを締め(今まではセブルスに締めてもらっていた。)、ふと足元に視線を落とすと、ジジが期待を込めた目で見上げていた。
「どうしたの?」
その声にセブルスは振り返り、リュウヤとジジを見つめた。リュウヤの横まで歩くと、ジジを見下ろした。
「何か言いたげな顔をしているな」
「そうなんだけどさ…何も言わないね」
「……腹が減ったんじゃないか?」
「そしたらもっと煩いよ。ミャーミャー言って」
「………それもそうだな」
見つめていても分からないと思ったセブルスは、キャットフードが入った袋から、一日分の餌を皿に入れた。ジジの耳がピクリと動いたが、リュウヤから視線を外す事はない。
「……一緒に行きたいの?」
「にゃー」
リュウヤの言葉を肯定するように力強く鳴いたジジに、リュウヤとセブルスは目を見合わせた。
「…ダメっ…!こんなにジジは可愛いんだから、どっかの誰かが誘拐しちゃうよ!」
「……ジジ、外は寒い。そんなに小さな身体ではすぐに冷え切ってしまう」
二人共、ジジが可愛くて可愛くて仕方がない。だから二人の部屋から出したことがない。しかし、クリクリとした目で見つめられては、反対するにも心が痛む。
「………スリザリン寮内だけウロウロさせよっか」
「………まあ、それくらいなら大丈夫だろう」
リュウヤが扉を開け、「どうぞ子猫ちゃん」と言うと、ジジはそろりと扉から顔を出した。辺りを興味深く見渡しながら、歩いていく姿は本当に可愛い。
「……セブルス、」
「何だ」
「……何だか一人息子を送り出す気持ちだよ」
「…………まあ、分からなくもないな」
しみじみとしながら、二人もジジの後ろから大広間に向かった。
―――…
廊下にはニヤニヤと笑うジャック・オ・ランタンが浮かんでいる。流石は英国。気合いの入れ方が違う。日本に住んでいると、ここまで徹底して行われるハロウィンはお目にかかれない。
「ほー…すげーなホグワーツ」
感心して歩いていると、前から赤毛を揺らして駆けて来るリリーが見えた。
「二人とも!今日はハロウィンね!」
「うん、すごいねハロウィン」
ね、セブルス!と隣を見ると、いつもよりも幾分か顔色の悪い姿があった。
「………リュウヤ、気をつけろと言うのを忘れていた」
「どういう事?」
「………こういう事、だ。」
セブルスが引き攣った表情で見ている先は、人間であれば有り得ない肌の色をした少年と、その周りで爆笑をしている少年が。
「………え?」
「そういう事よ!さあ、トリック・オア・トリート!!」
リリーは可愛らしい笑顔で、リュウヤとセブルスに言い放った。予想だにしていなかった出来事にリュウヤは頭を抱えこんだ。
「…嘘だろー…!!」
そうだ。今日はハロウィンだ。お菓子を寄越さないと悪戯をするぞという恐喝モドキイベントだ。それだけで恐ろしい。いや、そんじょそこらの餓鬼がするような可愛らしい悪戯ならまだいい。………しかし、ここはどこだ?ホグワーツ魔法学校だ。魔法だぞ?悪戯の限度を余裕で超えるだろう!!!
ぐちゃぐちゃと悩むリュウヤを尻目に、セブルスは飴玉を一つ、リリーに渡した。リリーは嬉しそうに、それでいてつまらなそうにセブルスを見つめた。
「今日くらいはセブに悪戯出来ると思ったのに」
「それだけは回避したかったからな」
「セブには悪戯出来なかったけど、リュウヤには出来そうね!ねえリュウヤ!お菓子は?」
リュウヤは、リリーを見上げ不安げな表情を見せる。にこりと笑ったリリーの前にゆるゆると立ち上がると、リュウヤは表情を一転させた。
「はい、お菓子。」
今日一日の事を考え、絶望しているとき、思い出したのだ。懐にセブルスと自分用に入れた梅ざらめ煎餅があることを。
「もう!騙したのね!」
ぷっくりと頬を丸めたリリーに違うよ、とにこりと笑って言った。
「思い出したんだよ。セブルスとおれ用に持ち歩いてたの」
「……それにしても、初めて見るわ。こんなお菓子……」
「あ、こっちで良くあるデロンデロンした甘さは期待しないで。ほのかな甘味と酸味を味わいながら御堪能あれ……日本のおやつであります」
「リリー、センベイは本当に美味いぞ。」
「あら、セブのお墨付きなのね!期待して頂くわ!ありがとう!」
「感想聞かせてね」
「ええ勿論!」
じゃあと手を振り、大広間の前で別れた。扉を開けると異常な甘い空気に思わず、うえっと舌を出した。
「セブルスー…おれの鼻がもげる」
「幸いリュウヤの鼻は付いている様だぞ。…それにしても酷い匂いだ」
「こういう時に激しく日本食が恋しくなるよ」
「…日本食」
ボソリと呟いた言葉に首を傾げた。日本食がどうしたんだセブルス!
「うん?」
「………僕は日本に興味があるみたいだ」
「きゃー!もうセブルス、ヤバいよ!嬉しいよ!!日本人で良かったあああ!!!」
リュウヤが、ガバッとセブルスに抱き着くと同時に、セブルスがリュウヤの顔を押した。「ぐえっ」とカエルが潰れた様な声を出したリュウヤには、スリザリンだけではなく、グリフィンドールからの視線も注がれている。何かと噂が絶えない二人なため、目立ち具合も半端ではない。どちらも引かない攻防戦を終わらせたのは、かのグリフィンドールの問題児であった。
「リュウヤ!トリック・オア・トリート!!」
「……ん?ジェームズか。」
「何だその反応は」
「……ジェームズにお菓子をあげると、おれ達が食べる分が減る……でも悪戯は絶対に、絶対に!されたくない。うーん…仕方ないなあ……はい。」
「心の声が駄々漏れだぞリュウヤ!」
「うー…セブルス…こいつ煩い…」
リュウヤは、ジェームズとシリウスと仲良くすることを半ば諦めていた。友達かと聞かれれば、まあ友達だと答えるだろう。仲がいいのかと聞かれれば、すかさずノーと答える。では嫌いなのかと聞かれれば、そうではないと答えるだろう。知り合い以上であり、友達以下である。因みにリーマスとは友達だ。ピーター・ペティグリューは知り合い以下。
「リュウヤ、トリック・オア・トリート」
ジェームズの後ろからシリウスが顔を出した。そんなシリウスを一瞥すると、ジェームズの手の中にある煎餅を指差した。
「…因みにジェームズとシリウスはソレを半分ずつ分けてね!」
リュウヤはにっこりと言い放ったが、セブルスはリュウヤの笑顔から目を逸らした。
「はぁ!?何でジェームズと半分ずつなんだよ!」
「省エネだよ省エネ。大切だよ?省エネ」
二人は不満げな顔をしていたが、自分の懐に手を入れてニッと笑った。
「じゃあ、僕達もリュウヤにお菓子を……」
「いや、いいよ。遠慮する。絶対もらわない!」
リュウヤが大きく頭を振った時に、グリフィンドールのテーブルから爆発音と悲鳴が聞こえた。
「おれは被害者にはなりたくない!お断りする!おれは朝ごはん食べてんの!もう、向こう行って!」
ぷいとそっぽを向いたリュウヤを見て、渋々と二人がグリフィンドールの方に戻って行った。その様子を目の端で見ていたセブルスは終始ムスッとした顔をしていた。
後でリーマスとお菓子交換をしてキャピキャピとしていたリュウヤが、セブルスに思い切り叩かれたとだけはお伝えしておこう。
「痛いよセブルス何でっ!?」
「うるさい黙れ」