魔法長編/星

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朝の爽やかな香りの中、リュウヤは瞑想をしていた。この習慣は、セブルスが日本に来た今も変わっていない。大好きな友達がわざわざ日本に遊びに来ているというのに、この習慣を変えるつもりは毛頭ないのだ。そっちのけにされているにも関わらず、セブルスはこの朝の時間がとても好きである。静かにしているからこそ聞こえる様々な音に、静かに目を瞑るリュウヤ、そしてその隣でする読書。しばらくすると米を炊く香りが風に乗ってやってくる。続いてトントンとまな板を叩く音。そして、ジジがお腹が空いたと鳴く声。その頃には、けたたましくセミも騒ぎはじめる。この時間の流れが、瞬間が、堪らなく心地好く、堪らなく好きなのだ。ジメジメと湿度の高い日本の夏を好きだと思えるのだ。こんなに美しい朝の始まりをセブルスは体験したことがなかったのだから。

セブルスは昨日の夜からソワソワとしているリュウヤの背中を眺めた。リュウヤは瞑想の後に毎日「まだまだだ」と呟くが、本当にそうなのだろうと思う。だって今も後ろ姿からソワソワとした雰囲気が醸し出されている。
八月の終わり、今夜は待ちに待った夏祭りがあるのだ。


―――・・・


「ねえ、まだー?」

リュウヤは、襖の前でソワソワとしていた。この襖の奥にはセブルスと父さんがいる。もう少しだから大人しく待てと言われても、リュウヤのソワソワは治まることはない。

「ねえ、まだー?」

もう我慢の限界で、この襖を開けてしまおうかと思ったときだった。襖が開き、これでもかという程眉間にシワを寄せたセブルスが出てきた。少しだけ照れた様に口元を尖らせたセブルスを見たリュウヤは、思わず息を飲んだ。

「・・・・セブルス、すっげぇ似合ってる・・・・・」

深い藍色の浴衣に緑掛かった黄土色の帯、それに刺さった赤と黒の金魚が描かれたうちわ。暗めの色がセブルスの白い肌を際立たせていた。

「・・・・・そうか」

セブルスはたった一言だけ返すと、リュウヤをチラリと見た。リュウヤが着ているのはセブルスとは正反対の色彩をした浴衣だった。白地に水色のストライプが入っている浴衣に藍色の帯。そして花火が描かれたうちわ。それはリュウヤに良く合っていた。似合っていると思ってもリュウヤの様に素直に言えないのがセブルスなのだが。

「じゃあ二人とも、行っておいで」

父に促され、満面の笑みで返事をしたリュウヤは下駄を履いていることを忘れる程、軽やかに走り出した。一方セブルスはまだ下駄というものに慣れていない。歩く度にカランコロンと軽い音が響くのはいいのだが、ぐらりと揺れる。何でも軽々とやってのけるセブルスだが、初めての出来事は大抵上手くいかない。セブルスは、出来ないことを出来るようにする努力が必要なのだ。
下駄に慣れないセブルスがこれから河川敷まで歩くのは中なか大変なことである。父は、仕方ないと杖を取り出してセブルスを呼んだ。立ち止まったセブルスの足に向けて一降りし、ニコリと笑った。

「これで痛くならないよ」

途端に足元が軽くなった気がした。床を裸足で歩いている様だった。セブルスは、父に一言お礼を言うと、早く早くとまくし立てるリュウヤの元に軽やかに駆けて行った。


―――――・・・・・


リュウヤとセブルスが河川敷に着いたのは、ちょうど日が傾いた頃だった。だいぶ人も集まってきている。リュウヤは取りあえず何か食べようと屋台を見渡した。セブルスに、日本の夏祭りを堪能してもらうためには何がいいかと頭を悩ませていると、近くの神社から太鼓の音が聞こえてきた。
そういえば、神社にも屋台がたくさんあったはずだ。それに神社のほうが夏祭り感が出る気がする、とリュウヤはセブルスを振り返った。

「セブルス、神社まで行こうと思うんだけど、いい?」

「いいも何もリュウヤに任せる」

「おっけ!じゃあおれについて来い!!」

それからは焼きそばにタコ焼き、お好み焼きに焼きおにぎり、リンゴ飴に綿菓子と両手で持てない程の量の食べ物を買い込み、少し丘になっている場所に移動した。花火がとても綺麗に見れる穴場をリュウヤは知っているのだ。セブルスと半ば駆け足で行ったそこは人っ子一人いなかった。座れそうな場所に並んで座った瞬間、口笛じみた音が聞こえた。食べ物を二人の間に置いていたリュウヤとセブルスは弾ける様に空を見上げた。続けて腹の底まで響く破裂音と散り散りに舞う赤に思わず息を詰まらせた。それから休む間もなく黄色や緑、銀に煌めいては夜空に溶けていく。言葉にしようがない程の美しさだ。

リュウヤはふと、セブルスの横顔を盗み見た。青白い顔が次から次へと色を映している。綺麗だと、そう思った。
リュウヤの視線に気が付いたセブルスは、リュウヤが腹が減っているのだと勘違いして「食べたらどうだ」と焼きそばを促した。リュウヤは弾かれたように頭を振って、「そうだね」と呟いた。そして何かを振り切るように口いっぱいに焼きそばを頬張って、屋台で買うとなんでこんなに美味しいんだろうななどと、どうでもいいことを考えながら、次々と打ち上げられては消えてゆく花火をセブルスと肩を並べて見上げた。
そして、来年も二人で観に来れたらいいなあとぼんやりと考えてそっと目を閉じた。

二人の後ろには寄り添った影がひっそりと佇んでいた。


―――・・・


終盤となり甚だしい数の花火が打ち上げられた後、終了を知らせるアナウンスに遠くの会場がざわついているのが聞こえた。一方、リュウヤとセブルスは最後の花火の余韻に浸って未だに動けずにいた。

「どうだった?」

先に動き始めたのはリュウヤの方だった。セブルスはというと、呆けてしまっていてぼうっと夜空を見上げていた。

「素晴らしかった。・・・言葉にするのが惜しいほど」

腰を上げることが躊躇われるほどだった。そしてセブルスは、この場を離れたくないと漠然と感じていた。まだ腹の底に響く、あの「ドン」という音が聞こえてくるような気がした。
「そりゃあよかった」とニコニコと笑うリュウヤをセブルスは何だかむず痒さを感じながら眺めた。感情を表に出すことが嫌いなセブルスにとって、リュウヤという存在は言葉で説明することが難しかった。リュウヤの前では自然体でいられるのだ。感情を表に出すことさえも躊躇われない。それがどういうことなのか、彼はまだわからなかった。

「かき氷食べながら帰ろー!!」

ピョンと飛び上がり、にこやかに言ったリュウヤに セブルスは小さく笑って頷いた。

もうすぐ新学期が始まる。そのことに少しの寂しさと期待を感じてセブルスはリュウヤの隣に並んだ。去年の今頃はまだかまだかと待ち焦がれていた始業の日をこんな風に感じながら待ち望める日が来るなんて想像だにしていなかった。何があるかわからないものなのだな、と少しだけ愉快な気持ちになりながら楽しそうに笑うリュウヤに小さく笑った。



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