夢想曲1

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ズズズズ…と重い音を立てながら開いた扉の先には、白い空間。

私と津川が最初に目覚めた部屋の広い版だろうか。

一歩踏み出して中に入る。私が入ったのを機に皆もゾロゾロと入ってくる。


壁を探す人や周りを見渡して警戒する人など様々だ。

私はゆっくり歩みを進めていく。部屋を開けて一瞬だけ黄色く光った場所があったからだ。


そこの前にたどり着くと、再び黄色い光が出てきて段々と人の形になっていく。



「―――…会いたかった、お姉ちゃん」

「…四月一日愛依ちゃん、だね」

「うん。…ふふふっあははは…っあーあ、皆生き残ってるんだぁ。残念」



クスクスと笑う愛依ちゃんの目に光はない。でも本当に楽しそうに笑う。


愛依ちゃんが出てきたことにより皆、周りに集まる。

警戒心剥き出しな様子を見てか愛依ちゃんは更に愉快そうに笑う。


そして私を見て、ニコリと微笑んでから目の前を円を描くようにゆっくりと歩く。



「お姉ちゃん強いんだもん、びっくりしちゃった」

「…武術習ってるからね」

「初めて知った。お姉ちゃんのこともっともーっと知りたいなぁ。ね、いいでしょ?教えて」

「それは帰ってから、かな」

「………帰る…?」


「愛依ちゃん、よく聞いて。愛依ちゃんのお母さんもお父さんも、愛依ちゃんが大好きなんだよ。

だからこそ愛依ちゃんの為に必死で汗水垂らして働いてて、」


「…お姉ちゃん……あっはは…あはははは!…お姉ちゃん、なぁーんにも分かってないよ!」



愛依ちゃんを見て刺激しないよう、語りかけるように話して帰ったら、と言うと歩みを止めた。

そしてお父さんとお母さんの事を話していると、愛依ちゃんからどす黒い何かが出てきた。


咄嗟に後ろに飛び退いたが頬を掠めて血が垂れた。



「ッ双葉ちゃん!」

「大丈夫、下がってて。…愛依ちゃん」


「何?私が何をしたって言うの?わたしはただフツウに過ごしてフツウにかぞくしたくて

ただいっしょにいたかったのになんでなのなんでみてくれないのなんでなんでなんでなんで!!!

どうしてみんなわたしをみてくれないのわたしがなにをしたのだれもしらないしってくれない

ままもぱぱもわたしなんかみないわたしのことなんかしらないおやなんかじゃない!!!!」


「怒涛の勢いやな…相当深いところまでいっとんな」

「四月一日愛依、お前が言っているそれは勘違いだ。たった一つの思い込みから始まった勘違い」

「かんちがい?はあ?なにそれ?わけわかんないだってわたしはみた、みた!!!!」



赤司くんが勘違いだと言うと愛依ちゃんは更にどす黒いオーラを出す。

それに対して誠凛の人はリコさんを、桐皇の人は桃井ちゃんを庇う。


このまま語りかけるだけじゃダメだ。どうしたら話を聞いてもらえる?


アレに頬を切られたことから下手に近づくと攻撃されて負傷する可能性がある。

かと言ってなにもしないわけにもいかない。事実を伝えてからのメンタルケア以前の問題だ。



「愛依ちゃん!!!話を聞いて!」

「いやだっいやだいやだいやだいやだぁぁあああ!!!」

「愛依ちゃんのお母さんは愛依ちゃんを養う為に止む終えなかったの!」

「うわきしてたんでしょわたしなんてどうでもいいんでしょ!?」

「してない!!愛依ちゃんのお父さんも手をボロボロにしても身体を壊しても働いてた!!」


「なんで!なんでおねえちゃんまでわたしのてきなのいやだそんなのいやだ!!!

どうしてわたしがなんでなんでなんでおねえちゃんがいればいいのになんでそんなこというの!?

おねえちゃんだけでいいままもぱぱもいらないともだちもいらないおねえちゃんだけでいい!!!

わたしのことみてくれたかまってくれたもっとみてわたしをみてよわたしだけを!!!!」


「…ッ」

「雨倉、とりあえず一旦下がって…」


「いい加減にしなさいッッ!!!!!」



「…っ!?」



何を言っても嫌だ、とかなんで、とか言う愛依ちゃんに穏便に済ませようとしていた私も流石にキレた。

今まで語りかけていた声よりもお腹の底から出した声で人生の中で産声以上に大きな声を出したんじゃないだろうか。


それほどに大きな声で一喝すると愛依ちゃんが周りにどす黒いオーラを纏わせながらも、

虚ろな目でいながら苦しそうにしながらも、ビクッと肩を揺らして動きを止めた。


その様子を見て、はぁぁあ…と息を吐いて、目を閉じる。1拍置いてから目を開いて愛依ちゃんに近づく。


後ろから止める声が聞こえたけど途中で誰もなにも言わなくなった。誰かが止めたんだろう。

近づいてあと一歩という距離を開けて、愛依ちゃんの前でしゃがみこんで見上げる形になる。



「私は愛依ちゃんの敵じゃない」

「………」


「愛依ちゃんが今まで思い悩んできたことを全否定する言い方しちゃってごめんね。

怖かったんだよね、お母さんもお父さんも構ってくれなくて愛されてないんじゃないかって。

お母さんが知らない男の人と、お父さん以外の人と綺麗な姿で家を出ていくのを見て。

お父さんがロクに帰って来ないで頭を撫でてくれることもしないで見てもらえなくて」


「……でも…」


「本当は生計を立てる為に、生きていくために、愛依ちゃんを養っていく為に身を削って働いていたんだよ。

お母さんも愛依ちゃんとおでかけしたりオシャレしたり女同士でしかできない話をしたいって。

お父さんは仕事でボロボロになった手で愛依ちゃんを撫でたら傷つけちゃわないか心配になってたり」


「…そんなの、わからない…ほんとうにそうおもってるってこんきょはあるの?ないでしょ?」



冷たく言っているつもりだろうけど、愛依ちゃんの目が揺れた。

きっと、本当に自分には微塵も興味がないと思っていたんだろう。それでも心のどこかで期待していた。


そんな愛依ちゃんの手をそっと手に取って両手で包み込む。

ちゃんと目を合わせて、柔らかく微笑んで言う。



「………愛依ちゃんは、ちゃんと愛されてるんだよ」



愛依ちゃんは私の言葉に目を見開いた。

それでも私は表情を変えずに安心させるように愛依ちゃんの手をぎゅっと握って微笑みかけた。

 

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