夢想曲1

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愛依ちゃんは私の言葉に明らかに動揺して目を見開いた。

なんで、でも、と言いながら目に涙を溜める愛依ちゃんに後ろにいる皆も声をかける。



「君が知っていて好きな雨倉が言うんだから疑う余地はないだろう?」

「そうですよ。帰って、ちゃんと向き合えば今までの分を取り戻すように一緒にいれます」

「もし不安やったら雨倉さんもおるし、何やったらワシらもおる」

「大丈夫よ。貴女もひとりじゃないわ」



あと少し、という所で移動途中に赤司くんから貰っていた鈴のことを思い出した。

ポケットから取り出して愛依ちゃんの手に握らせる。


手を開いた愛依ちゃんは鈴を見た。小さく「ママ、パパ……」と言ったのを聞き逃さない。



「ね、愛依ちゃん。勘違いって怖いよね。どうしてか悪い方向にしか考えれないから。

だけど愛依ちゃんには私もお母さんもお父さんもいるんだよ。友達だっている。

いつだって間違った方向に進みかけると元の道に正してくれる人がいるんだよ」


「……おねえちゃん、も…?」


「うん。愛依ちゃんのお母さんに愛依ちゃんを助けてって言われて約束したから。

約束をしなくても、愛依ちゃんがどこかで苦しんでいるのは分かった。だから、絶対に助けるよ」


「…じゃあ……じゃあ、もし…一緒に死んでって言ったら?」



そう言う愛依ちゃんに火神くんや黄瀬くんが焦ったような声をあげた。

だけど愛依ちゃんはずっと不安そうで怯えていて、あの日記のような狂気さは感じられなかった。


だから私はもう一度手を包み込んで微笑む。



「いいよ」

「!?おいっ雨倉!」

「お前何言って、」


「人生を、青春を過ごして後悔のないように、あぁ楽しかったなぁって心の底から思って満喫したらね。

私も愛依ちゃんも人生の半分も生きてないんだよ?まだまだやることはたっくさんあるんだもん」


「本当に…?もう、ひとりじゃない…?皆、見てくれる?ママも、パパも…笑顔で、一緒に…?」

「大丈夫ですよ。人が本当に一人になることはありません。必ず周りに誰かが居てくれます」

「誰かにいじめられたとしても双葉ちゃん強いからかけつけて助けてくれるよ!」

「何かその言い方ヒーローみたいだな」



少しワイワイと話し始めた皆を見て、愛依ちゃんを見る。

纏っていたどす黒いオーラは段々と薄れていってて、あと一言で消えそうだ。


大丈夫、愛してくれてるよ、助けるよ、どの言葉も違う。じゃあ何を言えばいいんだろう…


内心少し焦り始めた時に背中をコツンと突かれて振り返った。

振り返ると宮地さんが居て、その後ろ…いや、周りには皆がいてこの部屋に来る前のことを思い出した。


そうだ、私たちがこの洋館に来てからずっとずっと思い続けてきたことがあるじゃないか。

私たちにとっても愛依ちゃんにとっても大事な事を忘れてちゃダメじゃないか。



「…愛依ちゃん」

「…?」

「帰ろ?」

「!」

「お母さんとお父さんの所に。私たちは居た場所に。一人で行くのが怖いなら一緒に帰ろう。ね?」

「―……っうん…!帰る…っ!」



そしてやっと目に溜めた涙を流して、笑顔で頷いた。


その刹那、白い空間に無数の光が発生していくつも合わさり眩しくなると同時に激しい眠気が襲ってきた。

この洋館に来る時と同じ感覚だ。抗うことなく、そのままスゥッと目を閉じる。








ありがとう、双葉お姉ちゃん…







フワフワと意識が浮上する。

振動で揺れる身体に目を開けると、アナウンスが聞こえた。



『○○○図書館前です。お忘れ物のないようお降りください』


「……バス…帰って、きた……?」



まるで夢だったかのような気持ちになる。○○○図書館前と言うことはバスに乗って5分足らずだ。

少しは時間が経っていたみたいだけど、手首に巻かれた包帯や津川に借りたジャージで事実無根だと思い知らされる。


ボンヤリとはっきりしない思考のままでいると携帯のバイブが鳴った。

携帯を開いてみると、主将からメールが来ていた。内容はあの洋館のことと異変はないか、とのこと。

それに返信をして携帯を閉じて、深く息を吐いた。


終わったんだ。あの洋館から帰ってきて、記憶だってちゃんとある。


現実ではたった数分の出来事でも初期の頃からあの洋館に居た身としては1日は経っていたように感じる。


バスを降りて家に帰り夕飯をボケーっとしながら食べてお風呂に入ってベッドに寝転ぶ。

そうすると電話が鳴ったので確認をせずに出た。



「もしもし」

『双葉ちゃーん!無事に帰れた?大丈夫?』

「あぁ、桃井ちゃん…、…桃井ちゃん!!!?」

『うんっ私だよー』

「何で番号知ってるの!!?」

『何でも知ってるよ?』

「アッ桃井ちゃんそっち系のチートなのね?そうなのね?そう解釈しとくよ?」

『それでね、確認のための電話でもあるんだけどもう一つ目的があって』

「目的…って?」



フフン、と得意げに言う桃井ちゃんに尋ねて目的なるものを聞いた。

その内容に大賛成して少し話して電話を切る。


スタメンの皆にその内容をメールして一斉送信した。ベッドに倒れ込んで洋館での出来事を思い出す。


私一人だったら今頃まだゾンビと戦いながら探索をしていたのかもしれない。

皆が居たからこそこうやって今、帰って来れたんだ。愛依ちゃんも、きっと。



「はー……早く土曜日来ないかなぁ」



にんまりと緩む頬を抑えて、その前にやらなきゃいけない事を思い出しそれもやらなきゃな、と心に決めた。

疲れは確かに蓄積されていたからか瞼が重い。そのまま目を閉じて、眠りについた。

 

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