Who is she?
□閑話休題2
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家に響く怒声で、少女は目覚めた。
暖かな陽射しが朝が来たことを告げている。
少女は嘆いた。
今日もまた朝が来てしまった、と。
父の怒鳴り声、母の涙。
父のお気に入りの兄、出来損ないの、自分。
兄にだけは優しい父。
父は少女とその母に暴力を振るい、その外的刺激から逃れるように、その母もまた少女に暴力を振っていた。
それがいつから始まったのか少女はもう覚えていない。
けれど、もう長い間、両親は昔の優しい両親では無くなっていた。
兄や、他人がいれば優しい父だった。
けれど人がいなくなれば、豹変する父や母に恐怖を抱いてはいたが少女はそれが永遠ではないことを知っていた。
少女が口癖のように呟くのは『信じる者は救われる』。
毎日のように学校で繰り返される呪文のような言葉を自分に言い聞かせていた。
そして幾度も救われてきた。
それは今日も例外ではなく。
ピンポーン
来客を告げるチャイムが鳴れば、父は元に戻る。
少女の耳に届いたのは、父と、ひどく気怠そうな声。
それに続いて、中途半端な声変わりをした男の人の声。その後に更に低い声が、挨拶をして少女の部屋に近付いていく。
それに応えるように少女もまた扉を開けて、声の主に飛びついた。
少女の軽い体を簡単に受け止めた男はふわりと笑った。
「衛士お兄ちゃん!」
「久しぶりだな、望愛」
「さ、笹塚‥‥貴様‥‥ロリコンだったのかッ?!!貴様のそんなツラ、初めて見るぞ!!」
「‥‥‥‥」
友人のあまりの馬鹿さ加減に呆れて黙っている笹塚と呼ばれた男に不思議そうに問いかける少女。
「衛士お兄ちゃん‥‥‥この人たちは?」
「あぁ‥‥笛吹と筑紫。大学の‥‥‥友達だよ」
「薄い‥‥‥?つくし‥‥‥?」
「薄くない!!笛吹 直大だ!!!」
「じゃあ直くん!」
初めまして、望愛です!
と少女はにこっと笑みを浮かべて笛吹にも抱きついた。
「な、ななななな‥‥‥っ!!!」
顔を真っ赤にして少女を引き剥がそうとするが、抵抗する少女は力を強めていく。
少しして、満足したのか笛吹から離れ、筑紫の方を向いて少女はまた笑顔を見せる。
「初めまして、望愛です!」
筑紫は少女の目線に合わせて挨拶をした。
「初めまして。自分は筑紫 候平と申します」
「じゃあ候平くんって呼んでいい?」
「勿論」
「候平くん!」
少女は嬉しそうに筑紫の首に腕を回し抱きついた。
それを微笑ましく見守る者と、破廉恥だと顔を赤らめる者。それぞれの反応を受けて、四人は楽しい時間を過ごした。
そのあとも四人で時間をともにして、少しずつ楽しい思い出が出来ていった。
ーーーーーーーあの日までは。
七月十日。
笹塚の家族は皆殺しにされた。
この日から四人で過ごすことはなくなってしまい、少女には再び辛い日々が訪れた。
本当に神様がいるなら、衛士お兄ちゃんの家族は死ななかったし、私もこんな風にはならなかった。
そう理解した少女は口癖のように呟いた。
『救いなど、ない』
あるのは理不尽な苦しみと悲しみ、そして人が豹変する恐怖。
幼い頃に植え付けられた心的外傷は少女の人生を変えた。
笹塚が姿を消し、暴力の日々に戻った少女はある日血塗れの祖父の家で、出会ってしまった。
『何、あんた。面白そうな正体してるね。‥‥箱にしていい?』
少女には選ぶ権利があった。
『私のお願いを聞いてくれたら、私を殺していいから‥‥‥』
『へぇ‥‥‥そこまでして叶えたい願いって何?』
少女には絶望しかなかった。
『変わっていく**を‥‥したいの』
『楽しそうだね、それ』
少女にはこれしか選べなかった。
『だから‥‥‥』
『いいよ、あんたはもう少しだけ生かしてあげる。時期が来たら‥‥‥また連絡するよ』
少女には叶えたい願いがあった。
姿を消した怪物に、少女は感謝した。
『ふ‥‥ふふ‥‥‥あはははははははははははは!!!!!!』
少女は独り、嗤った。
血に塗れた箱の中で。
血縁が箱にされたその傍らで。
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