イナズマ

□昔、昔。守りたかったモノの話。
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本日三度目となる気絶からの蘇生を経験したアツシは、目覚め早々テンマから怒涛の説教を食らった。何をしているんですか云々、傷口が開く云々、身体を大切に云々。
内心頭を抱えてしまうくらいに長かった。



そして最後に

「私も行く」

と、言われた。



ここで頭を抱えたのはテンマの恋人のキョースケである。

彼女はアツシに『付いて行く』と言った。
仲間であった人喰狼と闘いに行く狼に。そんなのが、危険な闘いにならない訳が無い。キョースケ的には羽交い締めにしてでも止めたい所。ただ、恋人の意見を尊重してやりたい気持ちもあって。


「うぅ…」


地面に胡座をかいて座っている態勢のまま壮大に悩んでいた。

アツシの傷を『治療』したのはキョースケだ。
確かに狼人間は人間よりも自然治癒能力が高い。今軽く身体を動ごかせるまでに回復しているのは元のその力のおかげもあるだろう。しかし、致命傷すら負っていた彼が傷を治せる基盤を固めたのは紛れも無くキョースケなのだ。

空から降ってきた蛇の口の中から出て来た時、本気で見なかった事にしようと思った。関わったら嫌がおうでも事件に巻き込まれると勘で解っていた。
それでも、テンマが名前を呼びながら駆け寄れば、『助けない』という選択肢を直ぐに消して。

治療するにはまず傷の種類を見極めなければならない。
だから、相手の強さは傷の手当したキョースケが一番知っている。
恐らく受けた本人よりも。

今アツシが生きていられるのは、戦闘魔法を主とするキョースケがあるだけの知識を振り絞り、必死になって組み立てた『治癒魔法』が好をそうしたから。


「キョースケ、お願い行かせて」
「ん、ぁ…」


テンマに真っ直ぐに見つめられ、キョースケが曖昧に唸る。この恋人から受ける懇願に彼は滅法弱い。


本来、対象が属する空間を指定し、安定させてからするのが『治癒魔法』の基本。
大前提。
そして、その時に使う結界を張れるのは原則専門の魔術師だけだ。勿論治癒を使う人間が構成することも出来るには出来る。
しかし治癒と結界、二種の術。
式を覚えるのだって膨大な知識がいる。仮に構造の原理から異なるそれらを覚えれたとしても、必要なのは才能と魔術センスと体力だ。


つまるところ、全くもって少しも専門分野ではない『空間安定(式無しの自力)』『細胞複製』『細胞活性』という三つの魔術をやってのけたキョースケは凄い、ということで。


「お前な…」
「キョースケは此処にいていいから。でも私は行くよ。ノリさんを助けたい」
「それでも易々はいそうですか、なんて言えるかっ」
「ぶう…」


此処にいろ、と言われて、居ていられる訳がない。黙って恋人を戦場に送り出せる程、男のメンタルは女性みたいに強くない。
守るためにあの屋敷から連れ出した恋人を、こんな森の中で傷つかせる訳にはいかないのに。
確かに、キョースケもノリを助けたいと思っている。

『テンマの友人』

それだけでキョースケにとっての守る対象になる。


しかし、渋る。
現在、慣れない分野の魔法を使って、キョースケの精神的は極度の緊張の後の安堵感でフラフラ状態。
こんなので、手負いのアツシを庇いながら、その上テンマを守りつつ戦えるのか。と。

自分が行くことは前提。
そんな有様になっていようとも、イナズマ国きっての天才少年魔術師は人を助ける事しか考えていないのだ。


アツシは絶対に、行くことを止めないはずだ。
『恋人を守りたい』という気持ちが、この手で守れないとなった時の気持ちがどれだけの物なのか、キョースケにははっきりと理解できる。
今、彼は一ヶ月前テンマの家をとび出したキョースケと同じ、『ただ好きな子の傍に居たい』という一心の願いの中で生きている。


ならやはり、切りやすいのはテンマ。


「いいか、テンマ。此処で待っとけ」
「や」
「駄々こねんなっ」
「や、だったら、やぁぁぁっ!!私も助けに行くの!」


捕まった友達とこれから戦闘に出向く恋人が心配で、テンマは必死で反抗する。

テンマとて馬鹿ではない。
キョースケの言ってる事なんて、解りすぎる程に解ってる。彼が自分を足手まとい、ではなく守りたい、と思ってくれているなんてことは。

でも、行かなければ。


これはもう、女の勘。
行かなくちゃいけない気がする。そんな役目が自分にはある気がする。


「…おい黒髪猫目」
「なんですか、狼さん」


ふと、すっかり蚊帳の外だったアツシが口を開いた。この場での黒髪は一人なので、返事をしたのはキョースケだ。
木に背を預け座っているアツシの身体には、包帯代わりに使った彼のシャツが巻いてある。髪と同色の尾は地面を拭うように動いていた。それは何かを探っている様にも見える。


「っと。どっこいせ…」
「…あんた…残念な色男ですね」
「るっせぇ」


話をするために立ち上がろうとするれば、いい、とアツシが偉そうに命令口調に言って止める。怪我人である彼の方から、座っていた木の幹から背中を離しキョースケとテンマの元へ歩み寄た。


ものの数時間前に出会ったばかりだが、キョースケはアツシがどういう狼なのかだいだい解っているつもりだ。


口が悪く、二つだけ上のはずなのに無駄にエロい。

なのに恋人が大好きで、大切で、心優しい純情少年。


背の割に長い足を曲げ、人型の狼はキョースケの頭の横にしゃがむ。そして、



「その娘は連れてった方がいい」



正直そこまで集中して見ようと思っていなかったので、言われた言葉に驚き慌てて視線を動かす。斜め後ろにあった顔は『不本意だが』と困り切った顔をしていた。


「理由を、聞いても?」
「…此処もまだ俺らの群れの縄張りだ。彼女を待たせておくのは危ないだろ」
「……」


そういえば忘れていた。
囁かれた言葉に頷かされる。そりゃあそうだ。此処は木々が囲む森の中。
人喰狼の巣くう、森の中。


嫌な予感がしてキョースケが背後のテンマに視線を戻す。


「キョースケくぅん?にゃらば、痛いけな乙女テンマちゃんはどうしたらいいのかにゃあ??」

嫌な予感は結構当たる。

猫語の猫撫で声(多分意味を間違えている)で、尾があったら期待でブンブン振り撒くっていそうなテンマがいて、キョースケはもう一度頭を抱えたのだった。
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