マギ

□*世界からの隔離
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まるで世界から隔離されたかの様に静寂なこの場所。
此処は彼と森の生き物達と私しか居なくて、寡黙で口下手な私が唯一思いを通わせられる場所。
世界中で一番落ち着く場所。

森の生き物達とは気が付いたら打ち解けられていた。
今では私の数少ない大切なお友達だ。
彼とも言葉数は少なかったけど自然とお友達になれた。
彼と一緒に食べる林檎は格別に甘い。

でも、今日私はいつもの様に彼等に会いに来たのではない。
彼等に別れを告げるためここに来たのだ。

無言で彼の隣に座る。

『…』

「…」

『…あのね、』

「…」

『…今日は、貴方にさよならしに来たの。』

彼が普段の顔と殆ど大差無いが驚いた顔で私を見下ろす。
初めて彼と目が合う。
鋭くて綺麗な紅い瞳だ。

「…なんでそんな事言うんすか」

珍しく彼が口を開く。

『…あのね、私の家、お店やってたの。でも潰れてしまったの。』

「…」

『それで、お金が無くなったから、私が売りに出されたの。
…明日、領主様が迎えに来るの。
きっと私はもう、戻って来られないわ…だから、さよならなの。』

「…あんたはそれで良いんですか。」

『…良い訳無いわ。
私まだやりたい事だって沢山あるし、ここにだってまだ沢山来たい。
一生誰かに縛られる人生なんて嫌よ。』

「…だったら逃げればいいじゃないですか。」

『そんなの無理よ…
逃げたって、私の居場所なんてもう何処にも無いの。
唯一の居場所から追い出されてしまったもの。
帰る場所すら何処にも無いの…』

本当の事を言ってしまえば自然と涙が溢れて来る。
突然泣き出されても彼もどうすればいいか分からないだろうし私もどうすればいいか分からない。
人前で泣いてしまう事なんて、
今まで一度も無かったのに。

「…泣かないで下さい。」

『…っごめん…』

「どうやって慰めればいいか、
俺には分かりません…」

止まらない涙への困惑や、人前で泣いてしまった恥ずかしさや、彼を困らせてしまっている罪悪感のせいで、さらに涙が溢れて来る。
こんな時、器用な人間ならどうやって涙を止めるのだろうか、私には分からない。
もう自分が何故泣いているのかすら分からなくなって来た。

『…こんな時どうやって涙を止めたらいいか、私には分からないの…』

「…」

彼が立ち上がる素振りを見せたかと思うと、急に抱き締められた。

『え…』

息をするのが窮屈になる程きつく抱き締められる。

「すいません…
俺にはこれ位しか出来る事が無いんです。」

彼の温もりがじんわりと身体に沁みて来る。
耳を澄ますと、彼の心拍音が聴こえる。
きっとこれが彼の精一杯の優しさだ。

『…ううん、あったかい…ありがとう。』

私の思いはこれだけの言葉で伝わっただろうか。

「…居場所が無いなら、俺の所に来ればいいじゃないっすか。」

『…』

「働き口だって、きっとすぐ見付かります…
それで毎日一緒にここに来ましょう。
ここでいつもみたいに一緒に林檎食べるんです。
今日からは俺の隣があんたの居場所です。
それじゃ駄目ですか…?」

彼がこんなに気を使っているのは初めて見た気がする。
彼の一生懸命さが伝わって来て、嘘だと分かっていても嬉しくなる。

『…ううん、嬉しい。ありがとう…』

「…少しは元気出たっすか?」

『…うん』

「…じゃあ、行きましょう。」

『…うん…え、何処に?』

「だから、俺の居る所っす。」

『…えっあれ本気だったの?』

「当たり前っす…行かないんですか?」

『い…行く行く、行かせて下さいませ!』

「じゃあ、決定です。行きますよ。」

『…ほ、本当に良いの…?』

「…あんまりぐずぐずしてると置いて行きますよ。」

『いやだ置いてかないでー!
えっと…じゃあ、今日から色々よろしくお願いします…。』

「こちらこそ…」


すたすた歩いて行く彼に必死に追い付こうとする私。
まるでアヒルの親子の様だ。

もう家族の事も領主様の事もどうでも良かった。
私は私の居場所に帰るだけの話なのだ。

新しい生活にほんの少し期待しながら、彼の背中を追い掛けた。

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