マギ
□*林檎の木の憂鬱
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別に林檎が嫌いな訳では無い。
寧ろそこにあったら食べる程には好きだが、普段ならわざわざ取りに行こうなんて考えるはずが無かった。
それがどうしてしまったのか。
今無性に林檎が食べたい。
まあ無性に何かが食べたくなるのは良くある事だ。
確かこの城の中に果樹園があった筈だ。早速探してみよう。
探してみると、割と直ぐに見付かる物だ。
林檎の木や桃の木がそこら中に生えている。
何処にでもあるようなそれが、今の俺には砂漠の中を長時間歩いた末漸く見付けたオアシスの様な輝きを持っている様に見える。早速頂戴するとしよう。
適当に選んだ木に登ろうと手を掛けたその時、
『そこの方!助けて下さーーーーい!』
と隣の木から聞こえた。
いくら魔法使いだって居るこの世界であろうと喋れる木があるか、それは無い。となると人が居るのだろう。
慌てて駆け寄ってみると案の定女の人が枝に必死の形相でしがみ付いている。
『そこそこ!そこの貴方!助けてーーー!』
いつからそうして居たのだろうか、今にも落ちてしまいそうだ。
あの高さから落ちたら無傷では済みそうに無い。
「は、はい分かりました!
どうすれば良いでしょうか!」
『今から飛び降りるから、受け止めて!急いで下さい、この枝今にも折れそうなの!』
「分かりました!飛び込んで来て下さい!」
意を決した彼女が枝から手を放すと、タイミング良く俺の胸に飛び込んで来た。
彼女の甘い香りが鼻腔いっぱいに広がる。
どうやら成功した様だ。にしても軽い。
世の女性はこんなに軽い物なのだろうか。ちゃんとご飯は食べているのだろうか。
『ご…ごめんなさい急に…』
「いえ…貴方に怪我が無くて良かった。
どんな事情があったのかは知りませんが今度から気を付けて下さいね?」
『…本当にすいません…
それと、そろそろ降ろして頂いても…』
「…あ、すいません。」
そう言って降ろした彼女と目を合わせると、彼女は知り合いでは無いが俺の知った人だった。
あれは何日前だったか、姉上とお茶をしていた時…
「そうそう白龍、最近話題になってる侍女の子の事知ってる?」
「さあ、知りません…
その方が何かやらかしたのですか?」
「その子がね、どうしようも無く使えないらしいの。
この前なんか紅炎殿にお出しするお料理の塩と砂糖を間違えて、紅炎殿怒ってテーブルごとひっくり返しちゃったのよ。」
「それは大変ですね…。」
「そうなんだけど神官の、ジュダルだったかしら…?がその子をいたく気に入っいて、クビにするに出来ないんだそうよ。」
「それは難しい話ですね。」
「でもね、その子凄く可愛いのよ、長くて綺麗な緑色の髪を、いつも上手に結い上げているの。」
「ふーん、そうなんですか。」
「…まあ、貴方にはどうでも良い事よね。」
そんな会話をしたのを覚えている。
長くて綺麗な緑色の髪と言い、さっきのおっちょこちょいと言い、今俺の目の前に居る彼女は、間違いなくその噂の張本人だろう。
「…俺、貴方の事知ってます。」
『嘘!私も貴方の事知ってます。』
「??何故貴方が俺の事を?」
『ふふ、それがですね、私ジュダル様にお仕えしているのですが、彼が皇子の中にどうしようも無く泣き虫な白龍って奴が居て、俺が話し掛ける度怯えてるって。』
「し、失礼な!
俺は怯えているのでは無く彼が苦手なだけです!」
『あら、そうだったのですか。
ごめんなさい。
にしても、何故貴方も私の事を?』
「私の姉上が緑色の髪の侍女の子がどうしようも無く使えないって言っていたものですから。」
『し、失礼な!
私だってやる時はやる子です!』
「…人間、裏で何を言われているか分かったものじゃないですね…」
『そうですね…所で、何故貴方はここに?』
「恥ずかしい話ですが、何だか無性に林檎が食べたくなって…貴方は?」
『私は、ジュダル様に林檎を取って来いと命じられて…』
「…大変ですね。お察しします…」
『へへ…』
「もし良ければ俺が取って来ましょうか?」
『い、いえそんな悪いです…』
「遠慮なさらず。
自分ののついでですから。」
『えっと、では宜しくお願いします…』
「はい!」
*
「…調子に乗って獲り過ぎてしまいました。すいません。」
『いえいえ、大収穫です!
ありがとうございます。』
彼女は、話してみるととても和やかな優しい人で、神官や周りの人が首に出来ない理由が少し分かった気がする。
もし、食事に誘ったら応えてくれるだろうか、いや下心がある様に見えてしまうだろうか。
話を合わせつつも頭の中で葛藤する。
『…それでは、私はここで失礼します。』
「えっ…あの…その…」
今だ、言え、言うんだ自分!
言葉は喉までで掛かっているのに、どうしても自分の中の臆病な何かがそれを押さえつける。
たったの一言のはずなのに、どうしてもそれが口から出ない。
『?』
「…い、いえ何でもありません。
それではまた…。」
これから一緒に食事でもどうですか。
その一言すら言えなかった。
自分が此処までの意気地無しだとは心底自己嫌悪に陥ってしまう。
また彼女と会えるだろうか、同じ城内とは言え規模の大きな此処では場合によっては二度と会えないかもしれない。
先程獲った林檎を囓り、深い溜め息を一つつく。
次に彼女と会える時には、もう少し度胸のある男になって居たい物だ。
「その為にも鍛錬か…。」
自分にそう言い聞かせて重い腰を上げ、何時もの練習場に向かった。
*
「ねえ青舜、最近白龍が毎日果樹園に行ってるの。何故かしら。」
「さあ…盗み食いでもしてるんじゃ無いですか?」
「まあ、よっぽどお腹が空いてるのね、成長期かしら。
それなら私が沢山ご飯作ってあげなくちゃね!」
(白龍殿…ドンマイです…!)