マギ

□*人魚には脚が無かった。
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今日も太陽がさんさんと照って晴天だ、暖かい。
まあ外に出られない私には関係無い事なのだが。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
世界に数匹しか居ないと言われる世にも美しい貴重な人魚姫!
今ならそれが見れる千載一遇の大チャンス!いつ見るの?今でしょ!」

何時もの様に硝子の外からぼんやりと聞こえてくる私の唄い文句。
いつからこんな事をしていただろうか。
見世物小屋で人魚のふりをして馬鹿な大人から小銭をくすねるなんて、聞いて呆れる商売だ。
嬉しい事も悲しい事も特に無く、まるで海底の様に時間がゆっくりと無意味に過ぎて行く。
この水槽にあるのは水と腰掛け程度の岩だけ、後は何も無い。
物心ついた時からずっとここに居た。ここで人魚姫を演じて来た。
外へなんて出は記憶はもう泣く、これじゃあ囚われた人魚と大差ない。たまにこの偽物の尾びれが、本物なんじゃないかと錯覚してしまう程だ。
いっその事本当の人魚姫になれたら良いのに。
そうしたら王子様が迎えに来てくれるかもしれない。
まあ人間に人魚にも成りきれない私など誰も迎えに来てはくれないのだけれど。

お昼時になるとだんだん見物客が増えて来る。
半信半疑で小屋に入って来る客に、さも本物の尾びれが付いているかの様にすいすいと泳ぐのを見せると、何処からとも無く歓声の声が上がる。
思わず調子に乗って手なんて振ってしまう私。

そんな中、一人の男性が団長の元に近付き、あの人魚が欲しいのだが。と話し掛けた。
まだ若い、人の良さそうな男性だ。今までに私を買いたいと言って来た人達は居たが、そう言う人達とはどうにも似付かない雰囲気を持っている。
そのせいか、二人のやり取りがどうにも目に付く。

「あの人魚はいくらするんだ?」

どうやらあの人は私が本物の人魚と信じている様で、団長に直接値段交渉をしている。

「いや…あれは我が団の大目玉でね、非売品なんですよ、すいません。」

金を出すと言われても、偽物のため売る事が出来ないから何時もの様にお断りする団長。
そうそう、それでいい。
大金叩いて買ったのに偽物なんて悪いからね。

「そうか、困ったな…。
…じゃあ、この指輪でも駄目かな?」

そう言うと彼は指から一つ、大きな石の付いた綺麗な高そうな指輪を団長の手に握らせた。
…まずい。これは非常にまずい。
金にがめつい団長の事だ、首を縦に振るかもしれない。
…まあ流石にそんな事は

「毎度あり!
水槽ごと運べるようにしますんで、少々お待ちを!」

団長…あんた堕ちる所まで堕ちましたね…立派な詐欺罪ですよ…
勿論外に出られるのは願ってもない幸福だが、その代償彼が必死に働いて買ったと思われる指輪だとすると、それはあまりにも不釣り合いな事だ。

きっと今ならまだ間に合う。
この距離なら彼に声が届く筈だ。
必死に硝子を叩く。
すると音に気付いた彼が振り返る。声を出すのが久々なのであまり大きな声は出ないかもしれないが、必死に口を動かす。

『お兄さん、私本物の人魚じゃないわ、ただの人間よ。ごめんなさい。
だから貴方のあんな綺麗な指輪を渡す程の価値なんて到底無いの。
きっと今ならまだ間に合うから、指輪を返して貰って直ぐに帰るべきよ!』

「…君が人間だって…?
そんな事は一目見た時から分かっていたよ。」

『えっ…「旦那様、用意しました。さあさあどうぞ。」

私の疑問の声は掻き消され、私の入っていた水槽には車輪が付いて引きずって持ち帰れるようになっていた。

「ああ、ありがとう。
じゃあ、俺はこれで失礼するよ。」

「毎度ありー!」

彼の膂力により、重たい水槽はすいすいと引っ張られて行く。
ゆらゆら揺れる水槽の中で、私の頭の中でぐるぐると一つの疑問が廻る。
何故私が偽物と知っていて買ったの?あんな大きな代償を払ってまで?どうして?
あんな宝石や金を沢山使った指輪だ、かなりの額だっただろう。
しかも彼は見た感じ若い。
お金を稼ぐのも一筋縄にはいかないだろう。
そんな大変な物をやすやすと手離して良かったのか、しかも偽物と知っていて私を買った。
考えてみるも私の拙い頭ではこれと言った答えを出せない。
聞いて良い疑問なのか分からなかったが、この先どうなるかも検討が付かないので勇気を出して行動に出る。

『あの、』

「ん?何だい?」

『どうして私を買ったのです?
私が偽物だと知って居らしたのでしょ?』

「…特にこれと言った理由は無いさ。
…最初は、あんな偽物の尻尾を付けて人魚のふりなんかして、君の事も本物と信じている客の事も馬鹿らしいと思っていたよ。」

『…』

「ただね、悲しそうな顔をして外の世界を
眺める君が…何だか本当の人魚の様に見えて来てね、外の世界に出してあげたくなったんだ。」

『…それだけ?』

「ああ。」

『…その為だけに私を?』

「そうだ。」

『あんな綺麗な指輪を代償にしてまで…?』

「…そんな事を気にしてたのか。
何、あんな物どうでもいい。
君を外に出せた喜びの方がよっぽど大切さ。」

『…貴方、馬鹿な人。本当に馬鹿。
大馬鹿よ…』

「そんな馬鹿馬鹿言う物じゃ…
何も泣く事は無いだろう…」

『…だって…』

「外に出られたんだから、もっと喜んで欲しいな。
君が何時までもそんな顔をして居たら、俺まで悲しくなって来る。」

『…』

「お金の事なんて気にしなくていいさ。そんなに気にするようなら俺の元で働いてくれればいい。
だからほら、良い加減泣き止みなさい。」

言葉で返す余裕など無く、返事をする代わりに、こくりと一回頷く。

「そうそう、それでいい。いい子だ。疲れただろう、道程はまだまだ長いから少し寝ていなさい。」


今まで生きて来て、硝子の中から色々な物を眺めて色々知っていたつもりだった。
だがこんな温かいものに触れたのは本当に初めてで、どう言葉に表せばいいのか全く分からない。
こんな時、ごめんなさい。と言えば良いのか、ありがとう。と言えば良いのか。
やっぱり私の拙い頭では答えも出ないようだ。

今日は本当に色々な事があって疲れた。一度心を落ち着けるためにも、彼の言葉に甘えてそっと岩の上に縋り、束の間の睡眠を取った。

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