沖神

□お前がいないこの世界で
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悲劇は、春だとも思えないようなある日の出来事から始まる。


誰のものかもわからない廃工場。
そこには、一人の汚い男の声と、それを追う者の息使いだけが響いていた。


「こ、これ以上近づくんじゃねぇ!!一歩でも近づいてみろ!この女の頭に風穴ができるぞ!!」

男は隅に追い詰められていたが、有利な状況にあった。
男の手の中には、赤い髪の女。
男は女のこめかみに銃を突きつけている。
女の青い瞳は、後悔の色に染まっていた。

「神楽!!!」

その男と人質になっている女を追ってきた、もう一人の男は、出せるだけの声を全て出し切るかのように叫んだ。

その男は、赤い髪の女_________神楽の恋人でもあり、真選組一番隊長でもある、沖田だった。

「おき・・・・・・た」

神楽は申し訳なさそうに、沖田の名を呼んだ。

「ごめんネ。足引っ張って・・・・・・」

なんて言葉もつけたして。


「おい!早く刀を捨てろ!!」
男が沖田に向かって、指示を出す。
男の額には汗が滲んでおり、とてもまともな状態ではなかった。
従わなければ、神楽に手を出すかもしれない。

だから、沖田はその言葉に静かに従い、刀を捨てようとした。

が。

「オマエ何やってるアルか・・・・・・?」

沖田の行動は、神楽によって止められた。
神楽は何かを望むような顔で、沖田に語り続ける。

「オマエまさか、こいつらに・・・・・・こんなやつらに屈するアルか!?」

「おい、人質は黙ってろ!!」

怒りだす男を無視して、神楽は声を張り上げた。

「オマエは、こいつらを斬らなきゃならないネ。じゃないと、他にも死人がたっくさんでるアル!・・・・・・私は大丈夫アル。ちょっとやそっとじゃ死なないネ!それに、ここで刀降ろすような弱い男、私の知ってる沖田じゃないアルヨ?」

沖田は、刀を握り締める。
沖田以外は気がついていなかったが、この時彼は涙を流していた。


そして次の瞬間。
神楽は、こう言った。



「私を誰だと思ってるアルか?」



彼女は笑いながら。
あの日、彼に告白した時と同じ声で。
同じ息使いで。
同じ言葉で。





沖田の頭の中に、あの日の出来事がフラッシュバックする。
戦いの最中に他のことを考えるなど、タブーに決まっているのに。


思い出さずにはいられない。





あれは___________。



「んで、チャイナ。なんでィ?話ってのは?」

そうだ、天気がとても良い日だった。

「これから言うこと、絶対に笑うなヨ!」

神楽は顔を真っ赤に染めて、下を見つめていた。

「・・・・・・私オマエのこと、好き。ううん、大好きヨ」

正直、沖田は驚いた。
今までずっと敵か好敵手のように思って付き合ってきた相手から告白されたのだから、当然と言えば当然だが。

それでも、悪い気はしなかった。

自分でも分かっていたのだが、沖田自身、神楽のことを女として見ることが少なからずあったからだ。

だが、沖田はすぐに返事をすることができなかった。

そして、一週間もかけて答えを出した。

「俺は、チャイナとは付き合えやせん」

「そ・・・うアルか。________やっぱり、私なんかがオマエに告白なんて・・・・・・」

「そういう問題じゃないんでィ」

沖田は話した。


自分には仕事があるから。
きっと、何かあったときは仕事を優先してしまうから。
神楽のことが、好きだと分かったから。
守ることができないかもしれないから。


だから付き合えない、と。



すると神楽はにっこり笑った。

「私のことが嫌いじゃないのなら、問題はないネ!」

「・・・・・・俺の話聞いてやしたかィ?」


「オマエこそ私のことを見くびりすぎアル!!私は夜兎ネ!そう簡単に死なないアル!!」

だから・・・・・・。
だから付き合ってくれ、と。

ついに沖田は折れた。
勿論、神楽を守りたいという気持ちはあったが一応信用していたからだ。
神楽は自分と対等に戦える相手。
大丈夫だろうと思ったのだ。

そのとき、神楽は言った。




『私を誰だと思ってるアルか?』




やっぱりそれは、自信に溢れた可愛い素顔で。











そんな、幸せだったときの神楽の笑顔が、今の無理な笑顔とダブった。






「沖田・・・・・・早く。早く始末してヨ。オマエなら、これくらいどうってことないダロ」



沖田と男の距離は、約五メートル。


沖田は下げていた顔をキッとあげ、男を睨んだ。
それに男は「ひっ!」と声をあげる。
だが、それと供に男の銃を持つ手に力が入る。


沖田は一瞬怯んだが、再び冷静を取り戻す。


刀を構え、相手との距離を瞬時に測った。

地面を蹴り出して、走る。

しかし男は動かなかった。
いや、ただ単に動けなかっただけなのかもしれないが。

沖田は確信した。
この男は神楽を撃つつもりも、覚悟もない、と。

しかし、もしものことを考えて一旦沖田は引いた。



____________それが大きな間違いだった。


今の出来事のせいで、相手の男も本気でこちらを殺しにかかろうとしてきたのだ。


沖田はカチッという嫌な音を聞いた。

__________この音は。



銃の安全装置を解除した音。

マズイ、そう思った時にはすでに遅かった。



「どうせ死ぬならこの女も道づれだ!!」


男が引き金に指をかける。


「沖田!!」


神楽が沖田の名を叫んだのは、それとほぼ同時だった。


「ううん、総悟!」


神楽は自分の言葉を否定するように首をふり、名前を呼び直した。





「大好きヨ」





これが、彼女の最後の言葉。





パァン!という乾いた音が工場に響き、沖田は思わず目を閉じた。


目を開けることに恐怖を感じたのは、彼にとって初めての体験だった。


ゆっくり、ゆっくりと開く、目。

その目はだんだんと大きくなっていった。


沖田の目の前に広がった光景は、彼が思う地獄そのもの。


自分の正面に倒れているのは、自分の命よりも大切な、彼女。

神楽の頭からは血が流れていて、周りには地だまりができていた。

瞳孔が開いていくのが自分でも分かってしまう。


相手が銃を構えることも気にせずに駆け寄る。

頭から流れる血。
ピクリとも動かない身体。
それは、沖田がいつも見ているモノと同じモノだった。

____________死体。


数十秒前までは美しかった彼女は、今では死体となって自分の前に転がっている。


沖田は耐えられなくなって、言葉のようなものを叫んだ。


刀を握り締め、相手に向かって走っていく。
いつの間にか沖田は敵に囲まれていたが、気にならなかった。



次の瞬間、赤い飛沫のようなものが沖田の視界に映った。






_________それ以降のことを、沖田は覚えていない。















気がつけば沖田はベットに寝かされていて、目を開くと一番に見えたのは、部屋の天井にある四角い模様だった。

身体を起こすと、側の椅子には土方と近藤が座っているのを確認する。

近藤はいきなり抱きついてきて、「よかった、よかった」と涙を流した。


(一体何があったんでィ?)


何も、覚えていなかった。

(確か俺は、犯罪集団のトップを追い詰めて・・・・・・追い詰め・・・・・・て?)

グワン

沖田は頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。

「か・・・・・・ぐら」

(神楽は・・・・・・!!)

「チャイナ娘か・・・・・・」
「チャイナさん・・・・・・」

土方と近藤は同時に沖田から目を逸らした。

「神楽!!・・・・・・そうだ・・・神楽はどうなったんでィ!?」

二人とも、答えてはくれなかった。


分かっていた。
分かっていた。
沖田だって馬鹿じゃない。
神楽はもうこの世にいないことなんて、分かっていた。

ただ、誰かに「ああ、万事屋にいるんじゃないか?」とでも言って欲しかっただけ。
誰かに、『神楽は生きている』と言って欲しかっただけなのだ。


犯罪集団は、沖田の手によって全滅したと、近藤の口から話された。
沖田のおかげで、他の隊員も、一般人も死なずにすんだ、と。



それでも、沖田の心が晴れることはなかった。


「うっ・・・・・・あっ・・・・・・」


その日の夜、沖田はたった一人で静かに泣いた。






退院しても、沖田は屯所でボーッとしていることが多くなった。
仕事は一時停止。
食事もロクに取らない。

皆沖田を心配した。
「沖田隊長、大丈夫なのか?」
「もう復帰は無理じゃないか?」
というような会話が組のあちこちでされていた。



そんな中、ある夜のことだった。

土方が夜中に厠に行こうと寝床を出たところ、何やらキキーッという小さな音がした。

音は沖田の部屋の方から聞こえてきた。

沖田のことも気になるため、土方は沖田の部屋に近づいていった。

部屋の襖は開いていた。
そこから中を覗いた土方は、言葉を失った。
あり得ない。
総悟がそんなことをする訳がない!!・・・・・・彼は本心からそう思った。

しかし、現実は現実だった。


部屋の中では、沖田が自分の刀の先を自分に向けて、刺そうとしていたのだ。
キキーッという小さな音は、刀を抜いた音だった。
持ち手のところまでは手が届かず、刃の部分を持っているため、沖田の手はもうすでに血が溢れていた。

我に返った土方は、いきなり部屋に突入し、沖田の刀を蹴り上げた。

キンッと刀が床に落ちる。

「何やってんだ、総悟」

土方は冷静でいられるよう、気をつけていたが、少し声が震えてしまっていた。

「土方さん・・・・・・俺、もう・・・・・・」

ダメだ、と言いかけた沖田を、土方が制する。

「もう二度とこんなことするんじゃねえぞ」

「・・・・・・すいやせん」

土方は包帯を取ってくると、すぐに沖田の止血をし、刀は没収することにした。










それから一ヶ月。
まだ沖田は仕事に復帰できていない。

だが、沖田はフラフラと万事屋に足を向けた。


「旦那。__________失礼しやす」


神楽がいなくなった万事屋は、やはり少し活気がなく、志村新八もいないようだった。
部屋には銀時ただ一人が中央のイスに座っているだけ。


「総一郎君?今日は依頼受けてねーんだ。帰ってくれないかな________って総一郎君!?」

「旦那!!本当にすいやせんでした!!」

沖田は万事屋の床に頭を付けて土下座した。

「神楽を、神楽を死なせてしまって__________いや、見殺しにしてしまって!!」

必死だった。

こんなに必死になっている沖田を見るのは初めてだ。
銀時はハァ、とため息をついた。

「別におめーを責めようなんて思っちゃいねーよ。あれは神楽が自分から心配だからってついて行ったんだろーが。ベタ惚れだったからなー、神楽」

沖田は土下座をしたまま、顔をあげようとしない。
その顔が、どんな顔をしているのかも、銀時には分からなかった。
泣いているのか、それとも泣くことを必死に堪えているのだろうか。

銀時はどうだっていい、と思う。

「けどよ__________死のうとすんのは、もうやめろ」


「土方さんにも言われやした・・・・・・でも、俺神楽がいないと・・・・・・「俺もだ」え?」

沖田は顔をあげ、銀時は言葉を続ける。
銀時はひたすら無表情だった。

「神楽が死んじまって、一ヶ月半。今日まで神楽のことを思い出さなかった日なんかねぇんだよ」

銀時の頭に湧き上がってくるのは、数々の神楽との思い出。

一緒に行った、公園や駄菓子屋。
一緒にこなしてきた依頼。
一緒に食べた、ご飯。

今はもう手に入らない、日常。



「・・・・・・」

「でもよ、沖田君。皆必死に生きてんだろ」

銀時はいつもの『総一郎君』という呼び方ではなく、『沖田君』と名前を口にした。

「辛いのは皆同じ__________んなことは言わねぇ。だけどな、おめーが死んだら、神楽だって死んでも死にきれねぇ」

「神楽は・・・・・・俺が・・・・・・」

「少なくとも、神楽はおめーことを恨んじゃいねーよ」

沖田は床に手をついて、しばらく動かなかった。
やっと出てきたのは、銀時に同意を求める言葉。

「俺が自分だけ生きるなんて、図々しいとは思いやせんかィ?」

沈黙。

しばらくすると、銀時は言った。


「俺は、そうは思わねーよ。・・・・・・お前は、神楽のためにも、生きてやれ」






万事屋を出ると、外は雲一つとない青空が広がっていた。

(旦那、堪えていましたねィ)

沖田は分かってしまった。
銀時が自分のために、必死に押し殺していた感情が。

銀時は、沖田に対して殺意を抱いていた。
娘のように思ってきた神楽をいきなり奪われて、挙げ句の果てには殺されたのだ。
当然だと、沖田は思った。

でも、それでも、と沖田はまた思う。


____________神楽。



自分の真上にある、青空を見上げる。

____________この青空の下、二人で喧嘩をすることは、もう二度とないけれど。

ギュッと拳を握りしめる。


____________お前がいないこの世界で。


____________俺は今も、生きてやすぜ。

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