沖神

□この思いはいつまでも。
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いつからだろう。
この、狭くて暗い路地の裏にいるのは。

ジメジメして気持ちが悪い。
ただでさえ六月という湿度の高い季節なのに、雨まで降って服が肌にくっついてしまっている。

蒸し暑いのだ。
風がなく、夏の暑さじゃない、嫌な暑さだ。

こんな日に外に出歩くなんて、ついてない。

はあ、と溜息をついた。


溜息をつくと、本当に幸せは逃げるアルカ?────────私は総悟に聞こうと思い、隣を見た。

悪寒が走った。
暑いのに。
暑いはずなのに。

雨のせい……?

私は気がつく。

総悟が倒れていることに。
総悟のお腹に『私の』ナイフが刺さっていることに。

なんで、総悟は倒れているんだろう。
なんで、総悟のお腹に私のナイフが刺さっているんだろう。

分からない。

頭がぼんやりとして、考えるということができない。

さっきまで、ほんの数時間前まで、私は総悟と笑いあっていたじゃないか。

総悟───────────。

「ねえ、どうしてアルカ……?」



ねぇ、総悟。
本当はもっと、生きてほしかった。
生きて、私に笑いかけてほしかった。

もう叶わない、私の自分勝手な理想。

ああ、どうして。
どうしてこうなってしまったんだ。

───────────分かってるクセに。

私は血がべっとりついた総悟を抱き起こした。

雨で濡れて、髪がくしゃっとなっている。
こんな時なのに、それがまた、愛おしく感じた。

大好きな、綺麗な総悟は、恐ろしいほどに冷たく、それでいて笑顔だった。

「総悟。私は今、幸せアル。総悟を独り占めできて、幸せアルヨ……?」

思ってもいない、残酷な言葉が私の口からこぼれた。

いや、案外これは私の本音だったのかもしれない。

言葉は震えていたけど、私は笑っていたのかな?

後悔してる?
ううん、してない。
してるはずない。

後悔さえもすることができない、残酷な私。


寒い。

今、総悟が生きていたなら、私を抱きしめてくれただろうか。
あの大きな手で、私の頭を撫でてくれただろうか。



フっと兄貴に言われた言葉を思い出した。


『幸せは、いつか壊れるものだよ』

『……そんな風に言わないでヨ!』







あの日──────────。
総悟が私に告白してくれた日から、私は変わってしまった。


それは、総悟のせいではないけれど。
やっぱり少し、後悔してる。

あの日、公園にいたことを。






一年前


私たちは、いつもの様に公園で喧嘩していた。
この時点では、私は総悟に対して特別な感情は持っていなかった……はずだ。
まあ、総悟は違ったようだけど。


私はこの日の喧嘩に、今ひとつ満足できていなかった。

総悟が、弱い。
本気を出していない。

私は総悟に蹴りを入れながら尋ねた。

「サド!どうしたアルカ!!今日のお前、本気じゃないネ!!ちゃんと集中するヨロシ!」

私に本気は出せないアルカ、そうつなげようとして、やめた。

総悟の動きが止まったからだ。

何もしない相手を傷つけることは、フェアじゃない……というかつまらない。

必然的に、私の動きも止まる。

「チャイナ……。もう、お前と喧嘩はできやせん」

総悟がポツリとつぶやいた。

「は……?」

言葉の意味が分からなかった。

「何言ってるネ!意味わかんないアル!」

正直、私は総悟と過ごすこの時間を気に入っていた。
何も考えず、自分と同等の力を持ったものと戦える。
夜兎の力をヘタに扱えない為、溜まっていた鬱憤が、この時だけ晴らすことができた。

それになにより、歳の近い総悟には銀ちゃんとは違う、親近感を抱いていた。

ともかく。
私はこの時間が好きだった。

この時間を失うのは、とても困る。
そう、とても。

「嫌アル!なんでアルカ!?」

私は必死に去ろうとする総悟にすがった。

「俺はオメーに刀を向けることができやせん」

総悟はただ一言、そう言った。

その時は意味を理解することができなかった。
まさか告白されるなんて、思ってもなかったから。

総悟は少し、寂しそうだった。
寂しいような、儚いような、そんな笑み。

なんで?なんで?
なんでそんな顔をするの?

私はただ、サドと……。
サドと……?

私はサドに何を求めているんだ?

──────────分からなかった。


ただ一つ言えるのはその日から、総悟は公園に来なくなったということだけだ。






それから三日後、その日も総悟は公園にこなかった。


「ッ……意味分かんないアル!」

ガッと道端の石を蹴り飛ばした。

いきなりもう喧嘩出来ないとか……。
何考えてるアルカ?

分かんないアル!!

もう一度石を蹴り飛ばした。

舞う砂ぼこりは先ほどよりも多い気がする。

自分のイライラする気持ちと比例しているようだった。

道行く人達がこちらをチラリと見、何事もなかったかのように通り過ぎて行く。

私は耐えきれない気持ちになって、一気にその場を走り去った。


万事屋の前に着くと、足が止まってしまった。

ある人物が、スナックお登勢の壁にもたれ掛かっていたからだ。

「お……おまッ!サド!」

そこにいたのは、サドこと、総悟だった。

……お前ちょっと面貸せヨ!!
そう続けて殴りかかったのだが、アッサリ止められてしまった。

それどころか次の瞬間、

フワッと風が吹いたかと思うと、いきなり総悟が抱きついてきた。

「好きですぜィ」

……はい?

聞き慣れない言葉を耳元で囁かれ、私は硬直する。

「好きだって言ってんでィ。───────ずっと前から、思ってやした。付き合ってくだせェ」

???????

これは……あ……。
アレか。

「告白アルカ」

「そうでィ」

…………。

この時、随分と冷静だったということを、今もまだ覚えてる。

しばしの沈黙の後、それを破ったのは私だった。

「お前、ついに壊れたカ?私に告るなんて、馬鹿アル」

それくらいしか言うことがなかった。
ここで顔を赤らめて「わ……私も!」なんて言えるほど、私は素直じゃない。

でも、総悟がどこかに行くのは嫌だった。総悟が他の人と並んでいるのは嫌だった。

「いきなりで悪ィとは思ってやす。けど……」

だから、ただ思ったことだけを総悟に伝えた。

「私は、サドが好き……というより、いないと困るネ。とっても。でも、その好きが恋愛感情だとは今はまだ思えないアル」

総悟は黙った。でも、恐る恐るというように聞いてくる。

「それは、付き合えないってことですかィ?」

口調はかなり重い。
それを見て、心が少しズキンと痛んだ。

私の‘好き’は総悟の‘好き’と違う。

そんなことは分かっている。

でも。

「違うネ」

いつか、その‘好き’を共有できる日が来るかもしれない。

願いもこめて、私は総悟だけにそっと囁く。

「私に‘好き’を教えてヨ」



総悟は一瞬頬を緩め、その後「いくらでも教えてやりやすぜィ」と言った。





総悟はすぐに教えてくれた。



私が総悟を恋愛感情としての‘好き’になったのはきっとこの時からだ。






それから私達の仲は急速に深まっていった。


名前だって呼び合えるようになった。

相手が「好きだ」と言ったら自分も「好きだ」と返すこともできるようになった。



幸せだった。

本当に、本当に、幸せだった。





“この幸せがいつまでも続きますように”

神様に祈ったってしょうがない。


だって、その幸せを壊したのは私だから。








───────────────────────やっと思い出した。



総悟を殺したのは、私。



嫌いになったんじゃない。むしろその逆だ。

好きに、なり過ぎた。


総悟が、好きで好きで、たまらなく好きで、もうどうしようもないくらい、好きになった。


誰にも渡したくないと思った。


銀ちゃんにも、新八にも、トッシーやゴリにすら、渡したくないと思った。

あの笑顔は、あの瞳は、私だけのものだと思いたかった。

私だけに向けてくれるものだと、信じたかった。


私は確かに、総悟を‘好き’になっていたんだ。




さっき────────ほんの数時間前、私は持っていたナイフで総悟を刺した。



理由は、総悟が姉御に笑いかけたから。

たった、それだけ。


嫉妬というには、小さすぎる嫉妬。


馬鹿みたいだ。


ヤケになって、もう総悟を自分のものにするにはこれしかないと、なんの正当性もない理由をつけて。




やっと、やっと後悔した。



「死ねヨ────────」



私なんか要らない。
私なんか死ねばいい。
総悟が欲しい。
総悟だけは────────。















降り続ける雨は目から流れる水と共に、私の頬をつたう。

その水が涙だということには、気づかない振りをした。






私と総悟が出会って二年。

私と総悟が喧嘩するようになって一年と十ヶ月。

総悟が私に告白して一年。

私が総悟に素直に『好き』を伝えられるようになって半年。

お互いに名前で呼び合うようになって三ヶ月。



私が総悟に依存し始めて─────────。


二年。







そうか。
私は最初から────────。










総悟。
私は思った以上に総悟に依存していた。

総悟がいない世界なんて、意味がない。

本当にそう思う。

生きる価値もなく、生きる術もなく、生きる権利もない。

そんな私が、わざわざ生きることない。

無駄だ。

だから、もう────────。


私は静かにもう一つのナイフをポケットから出した。



そして───────────。





最後に総悟が言った言葉。

『神楽には、泣き顔よりも笑顔の方がよく似合いまさァ』
















私は、ちゃんと笑顔でいられたのかな?











───────────────
──────────
──────


「銀さん。神楽ちゃん、帰ってきませんでしたね。また沖田さんのところに行ってるんでしょうか」

新八は答えが分かっているにもかかわらず、銀時に尋ねる。

神楽はここ数ヶ月、頻繁に沖田の元へ通っていた。
帰って来ないことも度々あった。
最初はそのことを反対していた銀時も、今は沖田を信用して、連絡を入れるならば外泊を許可することにしていた。

銀時はテレビのチャンネルをいじりながら、めんどくさそうに答える。

「さあな。でもまあ、今日は総一郎くんの所に泊まるって昨日言ってたし、まあいずれ帰ってくるだろ。オイ新八〜今日は久しぶりの依頼だからな、気合入れて準備しろよ〜。……いくら貰えっかな〜?」

─────────神楽ちゃんいないけど、寂しくないふりでもしてるのかな?
妙にテンションを上げる銀時に、新八はそう思った。

─────────銀さんが明るく振る舞っているのに、自分だけしょげているのはダメだ。
新八は思い直して、明るく言った。

「そうですね、銀さん!たっぷり稼いどかないと、今月またヤバいですよ!」

「っと。お、ちょ、時間ヤベーんだけど!?オイ、今すぐ行くぞ!」

時間が相当迫っていたのか、銀時はテレビも電気も消さずに部屋を出て行く。

新八は慌ててそれを追った。

「ちょっと待ってくださいよ!銀さーん!」





先ほどの騒がしさが嘘の様に、部屋は静まった。
静かな部屋には、溶けの秒針の音、そしてテレビの音だけが響く。




チッチッチッチッ
チッチッチッチッ





『臨時ニュースをお伝えします。臨時ニュースをお伝えします』




チッチッチッチッ
チッチッチッチッ




『今朝九時半頃、かぶき町三丁目の裏通りで、真選組一番隊隊長・沖田総悟さんと、十四、五の少女が遺体となって発見されました。二人は身体にナイフが一本ずつ刺さった状態で発見された模様です。なお、少女の身元は分かっていません。少女は───────』





badend?

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