沖神
□変わらないことは一つだけ。
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変わらないことは一つだけ。
「あっついアル……」
神楽は息を吐くかのように、つぶやいた。
夏だ。
太陽が眩しく、額には汗が滲む。
暑さや太陽の光が苦手な夜兎(つまりは神楽のことである)にとって、これほど辛い日はない。
番傘はずっと開いていないといけないし、片手しか使えない。
体力だって、通常より持たない。
そして何より、暑い。
こんなに嫌な日が他にあるだろうか。
それでも神楽が毎日この公園にやって来るのには、理由があった。
沖田に会うため。ただそれだけ。
他人からみると、それだけか。というような事だが、神楽にとっては物凄く重要な事だった。
沖田も沖田で、(仕事をサボって……いや、休憩して)毎日この公園に来ている。
沖田に会うにはこの公園が一番適当な場所だったのである。
率直に言うと、神楽は沖田のことが好きだった。
だから毎日ここに来る。
……といっても、そんな甘い雰囲気になるわけではないのだが。
二人に進展があったのは、夏も中盤に差し掛かった頃だった。
会えば必ず喧嘩をし、そのまま解散──────────これは今までの状態。
だが最近では喧嘩が終わると、ベンチに座って二人でアイス(沖田の奢り)を頬張る──────────というような感じになってきていた。
「お前ってやっぱ金持ってんダナコンチクショー」
アイスをペロリと舐め、若干の羨む気持ちも込めて沖田に言葉を投げかけた。
「まあ、公務員ですからねィ」
と言って、沖田もアイスを頬張った。
その、鼻で笑うよな口調にも、Sっぽい笑みにも、少しばかりドキッとした。
「──────────」
「──────────」
その後、二人の会話は0だったのに少しも気まずい感じはしなかった。
むしろ、心地良いと神楽は感じた。
それは、ベンチの場所が日陰だったからなのか、沖田といたからなのかは、イマイチよく分からないが、後者だろう、と神楽は捉える。
木が揺れると、その隙間から一筋の光が見えた。
(気持ちいいアル────────)
なんて、考えてみたり。
そんなことを考えているうちに、神楽と沖田の関係は、あまりにも簡単に、まるで変化のないように、しかし確実に、変わっていった。
唐突に沖田の声が聞こえた。
「チャイナ」
「何アルカ?」
いつも通りの口調。
「俺、チャイナのことが好きでさァ」
「……奇遇アルナ。私もお前のこと嫌いじゃないネ」
いつも通りの言葉の響き。
「じゃあ付き合いますかィ?」
「ウン」
いつも通りの会話の波。
なのに、可笑しくなるくらいに心臓は動き、それを隠すのに必死だった。
案外簡単に、想いは伝わる。
そんなことを、神楽は実感した。
神楽は万事屋に帰ると、冷えた水を一気に飲み干した。
「ぷっはーッ!」
その瞬間、顔がボッと赤くなった。
先ほどのことを思い出したのである。
「サ、サドに告白されたアル……」
その時万事屋に銀時が居たなら、真選組に血の雨が降ったことだろう。
だが、幸いにも銀時は出かけていた。
「あれ?私、何て返事したアルカ……?」
“奇遇アルな。私もお前のこと嫌いじゃないネ”
自分の言葉が脳内に響き渡る。
「嘘ダロ!?」
(何で私はあんなに冷静だったアルカ?え?サドってずっと好きだったアルカ?誰を?私を?)
神楽はとりあえず今までの経過を思い出してみる。
(えーっと。サドと付き合うことになって、それから……)
「あ」
(恥ずかしくなって、そのまま帰ってきてしまったアル……)
そこで、あることに気がついた。
「傘、置いてきたアル」
♪ピンポーン
タイミング良く、玄関のチャイムが鳴った。
神楽の肩が、それに合わせてビクッと反応する。
「ま、まさか……」
(サドが傘を……?)
万事屋には、インターホンなどという洒落た物はない。
故に、玄関のドアを開くしか、外の人間を確認する方法がないのである。
(へ、平常心を保つアル!別に何もおかしいことはないネ!告白されたから、OKしただけアル!この世にカップルがどれだけいると思ってるアルカ!?)
「は、はいヨ〜」
できるだけ冷静な声で返事をし、玄関のドアを開ける。
するとそこには───────。
「オイ、てめーは空気を読むってことを知らないアルカ!?そんなんだから駄眼鏡って言われるアル!!」
志村新八が居た。
「え?か、神楽ちゃん!?」
「私のドキドキ返せヨ!!サドかと思ったじゃねーか!!」
新八が悪くない事は分かっているはずなのだが、神楽は恥ずかしさを誤魔化すためにとりあえずまくし立てた。
が、次の瞬間。
「え?何で沖田さんだとドキドキするの??っていうか───────」
「え?」
ドアの影からもう一人、出てきた。
「おッ!おッ……」
神楽はその場に硬直する。
新八が再び口を開いた。
「よく、沖田さんが来てるって分かったね」
「よう、チャイナ。ほら、傘。持ってきてやったから感謝しろィ」
沖田は手に持った番傘をユラユラと揺らした。
一方、神楽は顔を真っ赤に染めながらまだ固まっている。
「か、神楽ちゃん大丈夫!?顔赤いよ!ちょ、沖田さん!アンタ何やったんですか!?」
「別に何もやってやせん。な?神楽?」
「え?沖田さん……神楽ちゃんの事チャイナって呼んでたはずじゃ……?」
「うるさい!!黙れヨ!!新八どっか行けヨ!」
「ぼ、僕ゥゥゥゥウ!?」
神楽はおもいっきり新八の腹を蹴った。
新八はいなくなったが、目の前の男はどうやっても消えてくれない。
(早く用済ませて帰れヨ!なんか気まずいダロ!!)
頭の中は、沖田のことを考えまいと試行錯誤しているが、どうしても考えてしまうのだ。
すると沖田が口を開いた。
「俺のこと考えてドキドキしてたんですかィ?」
神楽の顔が、またもや真っ赤に染まった。
「べ、別にお前のことなんか考えてないアルッ!」
反論しているが、その目は沖田の顔を見れずにいる。
神楽は目を合わせないよう、沖田のスカーフをジッと見つめた。
「嬉しいねィ。俺のことをそんなに考えてくれてたなんて。俺は幸せモンでさァ」
その言葉によって、神楽の顔はますます赤みを帯びていく。
沖田はその様子を愛おしそうに見つめ、それから傘を手渡した。
「アンタに一番似合う傘でさァ」
「なっ……」
そう言う沖田の顔は笑っていた。
まるで、神楽の反応を楽しむかのように。
「ア、アリガトウ」
片言のようにお礼を言う神楽に、沖田はまた笑った。
「わ、笑うなヨ!」
まだ笑い続ける沖田に、神楽はバカッ!と少しだけ怒った。
後日
「チャイ……神楽」
「何アルカ?サド……総悟」
沖田は神楽に声をかけた。
「俺、神楽みたいな大食いチャイナ娘が彼女なんて、自慢できねェ」
「……奇遇アルナ。私も総悟みたいなドSな彼氏、銀ちゃんとパピーに紹介できないアル」
名前をぎこちなくだが、呼び合う様になって、喧嘩する回数も増えてきた。
でも、変わらないことは一つだけ。
「じゃあ、別れやすかィ?」
「ウウン。別れないアル」
END