鋼文。

□空蝉
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閉じた箱の様な運命の中で


オレはそれを信じず、


そして受け入れなかった。



今も箱は閉じられたまま


光を見る事は出来ない。






‥……空蝉……‥






手の平に取り出した白い錠剤を見て、羽化したばかりの乳白色の蝉を思い浮べた。
さながら薬を包んでいたアルミとプラスチックの固まりは空蝉か。

今よりもっと幼い自分が、やはり幼い弟と、蝉の脱け殻を競って集めた事を思い出す。

幸せだった頃の記憶と
薬の脱け殻。

そんな物ばかりが、この部屋の中には蓄積されていく。

先日、裏通りの怪しげな露天商から手に入れた、此れまた怪しげな薬を4錠口に放り、ラムネ菓子でも食べるように咀嚼して無理矢理飲み込んだ。

それは苦みを甘さで誤魔化した様な味がした。小児用の液体の飲み薬に似ている。
オレは子供の頃あれが大嫌いだったのに、今はこの奇妙な甘さに依存している。

今朝から一体何錠飲んだのかは忘れた。つまり数えていないと分からない数だという事だ。

薬の飲み過ぎで胃の内壁が荒れ、最近はしょっちゅう吐いてしまうけれど、今はもうそんな事などどうでも良かった。

暫らくすると筋肉が弛緩し、頭の芯が溶けるような気怠さが襲ってくる。だが気分は良い。

何だか楽しくなって、くつくつと一人で笑いながら床にぐにゃりと転がった。
長い間掃除される事の無かった床の埃が、エドワードの伸びた髪にまとわりつくが構わない。

弛緩し、思うように動かない身体で床を這いずる。大切な弟が閉じこもって居る部屋に行く為に。

いつも部屋の鍵は掛かっていない。きっとアルだってもうそんなに怒ってないんだと思う。

そしてオレは、古いソファーに座って俯いている鎧に声をかけた。

「…なぁアル、オレに悪いところがあったら謝るから、さ」

「そろそろ口聞いてくれよ?」

手を伸ばし冷たい金属に触れて、出来るだけ優しく宥める様に撫でた。

「頼むよ…なぁ、アル…」

何度懇願してもアルフォンスの沈黙は続く。


ごめんな…


アル


ごめんなさい。




本当は知ってる




「まだ、怒ってるのか?」



此処に在るのは空蝉ばかり。



破損した血印には気付かないふりで…


今日もオレは空蝉に話しかける。




なぁアル





なぁ…







END
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