鋼文。
□亡霊の哭き声
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しとり
しとり、
昨夜から止まない雨。
そんな日に限って、あの少年は唐突に現れる。
その独特の気配は、私の執務室の前でピタリと止まり、躊躇う様な間の後に
コン、コン
と、控えめなノックの音。
彼が自らノックをするなんて珍しい。幾度となく注意しても聞き入れる事はなかったのに。
そして私はそんな彼の振る舞いを許した。
それなのに…
嫌な、予感がした。
予想通り、少年はドアの隙間から亡霊の様にそろりと現れた。
見慣れた紅い外套はひたひたに…つまりはずぶ濡れ。裾からはポタリポタリと涙の如く。
小雨程度の弱々しい雨でずぶ濡れになるなど、一体どれ程の時間雨に打たれていたというのか。
青白い顔…普段は薔薇色の唇も、血の気をなくして紫に変色していた。
私は慌てて大判のタオルで包み込み、冷えた身体をソファーに座らせる。
シャワー室行きを薦めたが、少年は声も出さず首を振りそれを頑なに拒んだ。
ホークアイ中尉が用意したマシマロを浮かべたココアを手渡した頃、ようやく少年は長い沈黙を破る。
まるで独り言の様に
それは
ぽつりと一言
「……アルが、殺された」
ざわりと首筋が粟立った。
嗚呼、俺は昔から悪い予感ばかり当たるよ
‥…マース。
「…殺してやる…アイツら全員、皆殺しにしてやるんだ」
それはお伽話でも語る様な口調で告げられた決意。
先程から手にした儘、一切口を付けられていないマグカップの中では、やたら陽気な笑顔のスノーマン型マシマロがドロリと溶けた。
「そんな事をして…君に何か得るものはあるのか?」
あの時の私の声は震えてはいなかったか。それももう思い出せない。
「…ああ」
そうだな、
孤独に負けない『狂気』を
ひとつ。
「サヨナラだ…マスタング大佐。オレは行くよ」
何処に…とは聞けなかった。
彼は銀時計の鎖を自分のベルトから外し、私の机の上にコトリと置いた。
二度と会わない、
会えないという意思表示。
そんな物受け取りたくはないのだよ、鋼の。
「帰って来るのだろう?」
私のその言葉は、実際口にしたのだろうか?或いは只の願いだったのか。
少年はその質問には答えずに、来た時と同じ様に無言で部屋を出て行った。
そして果ての無い旅に…
今度は独りぼっちで。
予感がした。
きっと彼はもう此処には来ない。
俺の悪い予感はいつも当たるんだ。
END