短編集

□2:永遠の中で
1ページ/1ページ

ゆっくりと目を開けばそこは、薄暗い部屋で。

エレンのいた地下牢のような石を積み上げた壁。

ひんやりと冷たい乾いた空気。

(俺は……死んでない、のか…)

「はっ……」

自嘲した。

こんなものかと。

どうしようもないと。

結局生きている自分を。

今の俺はひどい顔をしているだろう。

知らない天井を睨み付ける。

何でもいい。この腹立ちをぶつける先が欲しかった。

イラつきで自然と早くなる呼吸。

乾いた空気が口から肺を行き来して。

咳き込む。

乾いた空気はいかんせん、体に良くなかった。

するとガチャリと、ドアの開く音がして。


「兵長…?」


エレンの声がした。

「……エレン…!」

俺はベッドから抜け出して声がした方へ駆け寄ると。

目の前には両手にマグカップを持ったエレンが驚いた顔をして立っていた。

「エレン…」

姿を確認したら、

名前を口にしたら、

視界がぼやけて、涙が零れ落ちた。

ぺたりとその場に座り込んで。

ここは死後の世界か?

それとも夢か?

夢だったら覚めてくれ。

こんな残酷な夢は、見たくない。


両手で顔を覆ってしゃくりあげていると、エレンが俺の横を通り過ぎる気配。

そして後ろでコトリ、とマグカップが置かれる音がして。

次に、靴音が段々近付いてきて。


俺の真後ろでピタリと止まって。



後ろから、ぎゅっ、と抱きしめられた。


「兵長…泣かないで」

優しい声は耳元で囁かれて頭がぼぅっとする。

「エレン…エレン、エレン」

くぐもった声で呼べば、子供をあやすように頭を撫でられて。

あぁ、会いたかった。

エレンの腕は温かくて。

頭を撫でる手は優しくて。

心底安心した。

それでも流れる涙が煩わしくて。

ふいに、ちゅっ…と、うなじにキスをされた。


ビクリとはねる自分の肩。

驚いて目を見開く。

「兵長…泣き止みました?」

イタズラっ子のようなエレンの声。

「あ、あぁ」

ぎこちなく振り返るとエレンは金色の目を光らせて。

「ここは…どこだ?」

不思議に思って聞くと彼は無邪気な笑みで、

「どこ…と言われましても……とりあえず壁の外ですね」

驚いて目を見張る。

「あは。兵長の目玉、落っこちそう」

それより、何より。

「お前…死んだんじゃないのか…?」

彼を凝視して聞くとあぁ、と呟いたあと、

「うまく死んだことになったんですね、良かったです」

そして微笑む。

「どう言うことだ」

するとエレンは俺の頬に手をあてて。

「兵長は吸血鬼って知ってます?別の言い方だと、ヴァンパイア」

「……人間の血液を吸って生きる怪物の事が?童話に出てくる…」

「オレ、それなんです。吸血鬼なんですよ」

「は……?」

どういう…

「もう何百年も生きてます。吸血鬼だから、死ねなくて」

そして困ったように笑う。

でも、今はそれより聞きたいことがあって。

「なんで…死んだフリなんか」

お前は人類の希望だろう?

するとエレンは眉を下げて、叱られた犬みたいに、

「オレ、自分が吸血鬼ってことは知ってたんですけど巨人なのは初めてで…まぁ、父親のせいでしょうけど、」

そして金色に、妖しく光る目を真っ直ぐ俺に向けて。

「何より、人類の希望でいることに疲れたんです」

その言葉は。

言われてもしょうがない程に人類は彼に希望を抱き過ぎていたのは事実で。

反論する気は無かった。

でも、じゃあ、

「……あの告白は何だったんだ?」

どうせ死ぬんだったら何も言わなくても同じだろう、と詰め寄ればエレンは大袈裟な溜め息を吐いて。

「死ぬからこそ、ですよ。せめて大好きなあなたに想いを告げてから消えたかった。もう二度と、壁の中には戻らないつもりだったから」

揺れる金目に、思わず見とれる。

「でも、まさかオレのせいで兵長が死のうとするなんて思わなかったから。だから思わず連れてきちゃいました。今頃壁の中は大騒ぎですね」

そしてまた、困った笑顔で。

「だって、人類最強と、人類の希望がいっぺんに消えたから」

確かに、

「明日の新聞に載るだろうな…」

何だかとても他人事に思えてきて。

エレンが生きてることに安堵する。

「死んでなくて、良かった」

呟くように言うとエレンに頭を撫でられて。

「それはこっちの台詞ですよ。ところで」

エレンは金目を妖しく光らせて。

「オレは自惚れても良いんですか?オレのせいで兵長が自殺しようとしたって思っても良いんですか?」

急に気恥ずかしくなってうつむく俺。

「ねぇ、兵長。教えて。あの行動の意味は…?」

嬉しそうなのが癪に障る。

ただ答えるのは何となく悔しくて。

「兵長もオレのこと好きだと思っても良いんですか…?」

その問いにかろうじて首を縦に振る。

するとふふっと嬉しそうな笑い声。

次にエレンは俺の手をとって。

手の甲にキスをする。

なんてロマンチスト何だろうとぼぅっとした頭で考えていると、蜂蜜のような、濡れた金目が俺を覗き込む。

「さっき言いましたよね。吸血鬼は死ねないんです。永遠を生きるんです」

唐突な言葉に、

「あぁ」

と、素っ気ない返事をして。

試すような視線に、ゾクリとする。

それを見透かしたようにエレンは鼻先が触れ合いそうな程距離をつめて。

「兵長。オレと一緒に吸血鬼になってよ。一緒に永遠を生きてよ」

あぁ、まるでプロポーズのようだ。

少し悲しそうな顔で俺を覗き込むエレンが、愛しくて。

不意打ちのように彼の唇に触れるだけのキスをする。

それから少し悪役のような笑みを浮かべて。

「あぁ。一緒に生きてくれ」

と、正面からエレンに抱きついた。

「本当に…?」

「元々お前のために捨てようとした命だ。お前のために生きて何の文句がある?」

本音が口からするりと抜けて。

エレンは苦しそうに笑った。

「もう本当…兵長、男前過ぎ…超カッコいい…大好き…」

そして俺の両手の指先に爪をたてて切る。痛みに顔を歪めるとエレンも自分の両手の指先を切って。

「何をするんだ?」

「人間が吸血鬼になるには、吸血鬼の血を指先から体に流し込まなくちゃいけないんです」

それから、そっとお互いの指先を合わせて。

少し体が焼けるような感覚と、指先の鈍痛と、鈍い頭痛と、それから少しの性的快感。

それらが体を巡った時、指先が離れていって。

「はっ……」

肩で息をすると、近付いてくるエレンの顔。

俺はゆっくり目を閉じて。

触れるように、優しく、何度も角度を変えて唇を啄まれて。

あまりにも甘いキスにぼぅっとすると、突然歯列が割られて侵入してくる舌。

「んっ……えれ、ん…」

名前を呼べばさらに深くなる。

激しく口内を犯されてやっと唇が解放されて。

飲みきれなかったお互いの混ざりあった唾液が口の端を伝う。

熱に浮かされて、生理的な涙でぼやける視界でエレンを見ると。

彼は満足そうに笑って。



「一生…永遠に、離しませんよ。リヴァイさん」



なんて素敵な、夢のような現実だろう。

嬉しくて、思わず涙が溢れて。

ガラにもなく笑ってしまった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ